ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲「ハムレット」。悲劇の代名詞ともいえるこの作品に、吉田羊と演出・森 新太郎が再びタッグを組んだ。東京・渋谷のPARCO劇場で6月2日まで上演中の『ハムレットQ1』だ。
「ハムレット」の原本にはQ1、Q2、F1の3種類ある。今回はそのうち最も短いQ1を上演する。短いといっても、怒涛のようなセリフと独特の緊張感のなか、休憩時間をのぞいて約2時間半。役者、スタッフ、心身ともに難関であろう。
翻訳はハムレット全37戯曲を訳するという偉業を達成した松岡和子。精度の高い訳には、シェイクスピアの魂がこもる。
ともすれば美麗で難解になりそうなセリフを、森の演出は〝具体的〟な手ごたえをもって役者の肉体に落とし込む。本作が書かれたのは17世紀だが、スーツや軍服、ワンピースといったモダンな衣裳に仕立てたことからも、この物語の持つ普遍性、現代性を強く打ち出す意図がうかがえる。
舞台はデンマーク王室。父王を叔父に殺された王子・ハムレットを演じるは吉田。男性の役を女性が演じるという挑戦だが、本人が事前に「小柄で細身な肉体はハムレットを表現するうえで武器」と語っていた通り、思念にのめり込みがちな青年の危うさ、美しさを見事に体現する。
PARCO PRODUCE 2024「ハムレットQ1」
撮影:加藤幸広
父王の亡霊によって、叔父の罪を知り、狂気を演じて復讐を遂げようとするハムレット。自由自在に声色を操り、〝臆病者〟であると自覚する青年が、必死に自分を復讐へと駆り立て、やがてその思念に取りつかれていく。その精神の高揚と内省、魂のわななきを切れ味鋭く魅せた。それでいて、どこか果てしない高みから冷静に見つめるかのような透徹した視点もまた、吉田ハムレットの魅力、持ち味だと感じた。
登場人物はみな、かなしいほどに「人間」。叔父であり、ハムレットの母と再婚したクローディアスは吉田栄作。兄殺し、王殺しに手を染めた人間とは一見思えない人の好さと洒脱な雰囲気。感じのいい敏腕ビジネスマンといった体で、劇中のセリフを借りるならば「悪行に砂糖をまぶしたよう」。だからこそ、ハムレットに自身の罪を見抜かれていることを知ってからの懊悩が生々しく迫る。吉田はクローディアスと父王の亡霊の二役を務めるが、クローディアスの世俗感と、亡霊の威厳とのギャップがまた凄みを際立たせる。
PARCO PRODUCE 2024「ハムレットQ1」
撮影:加藤幸広
ハムレットの母、ガートルード役の広岡由里子は情欲に流される女、息子を溺愛する母親という至極平凡な人間の平凡さを巧みに演じたし、話の長い大臣・ポローニアス(佐藤 誓)も「こういう人、いるよな…」と思わず笑ってしまうリアリティ。我々がシェイクスピア作品に対して抱く「難解な悲劇」という思い込みをとっぱらってくれる。血の通った人間像だからこそ、何度も客席に笑いさえ起きる。
PARCO PRODUCE 2024「ハムレットQ1」
撮影:加藤幸広
舞台にみずみずしいほとばしりを添えたのが若手陣。オフィーリア役の飯豊まりえは登場から人生の喜びそのものの花がこぼれるような美しさ。待ち受ける運命は見る者の涙を誘う。オフィーリアの兄、レアティーズ役の大鶴佐助は好青年からの変貌をビビッドに演じた。ホレイショー役の牧島輝は親友であるハムレットを支える誠実な青年を。そのひたむきさはまさに魂の輝きであった。
PARCO PRODUCE 2024「ハムレットQ1」
撮影:加藤幸広
褪せた銀を基調にしたシンプルな舞台装置に、音響や照明も端的だが心を穿つ。抑制を利かせながらも緻密に、ドラマティックに紡いだ良作だった。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
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吉田 羊さんインタビュー https://matisowa.jp/9312/
Stage Information
PARCO PRODUCE 2024『ハムレットQ1』
作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森 新太郎
出演:吉田 羊 飯豊まりえ 牧島 輝 大鶴佐助 広岡由里子 吉田栄作 ほか
【東京公演】
2024年5月11日(土)~6月2日(日)
PARCO劇場
【大阪公演】
2024年6月8日(土) 13:00/18:30 6月9日(日) 13:00
森ノ宮ピロティホール
【愛知公演】
2024年6月15日(土) 13:00 6月16日(日)13:00
東海市芸術劇場 大ホール
【福岡公演】
2024年6月22日(土) 13:00/18:30 6月23日(日)12:00
久留米シティプラザ ザ・グランドホール