今春の舞台『マスタークラス』の演技で絶賛を受けた望海風斗が次に臨むのは、ワタナベエンターテインメント25周年記念コンサート『ハッピーバースデー&サンキュー』の賑やかなステージだ。ストレートプレイ挑戦の貴重な経験を振り返り、新たな刺激と興奮が満載の歌のステージへ。開幕を前に、今の率直な思いを語った。
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――3月、4月に上演された『マスタークラス』は望海さんが初めて挑んだストレートプレイの舞台でした。“20世紀最高のソプラノ歌手”と呼ばれたマリア・カラスが、マスタークラス(公開授業)において芸術と愛に身を捧げた自身の半生を語る物語です。非常に高みを目指した挑戦だったのではと推察しますが、挑もうと決意された理由からお話いただけますか?
まずは、ミュージカルではないお芝居に挑戦してみたいという思いがありました。戯曲にあるマリア・カラスの素晴らしい言葉の数々を読んで、自分自身にもすごく刺さるものがあったので、これはぜひやりたいなと思ったところから始まったんです。このお芝居は以前に黒柳徹子さんがおやりになっていて、26年ぶりの上演だったそうです。いざ稽古が始まって、なぜそんなに長い年月、上演されずにいたのかという理由が分かりましたね。周りの方々に「よく挑戦したね!」とか「自分だったら怖くてやらない」などと言われて、ああ、とんでもない作品に挑戦してしまったなと、その時に気づきました(笑)。

――稽古の過程で、マリア・カラスという人物にアプローチするためにどのような苦労や発見があったのでしょうか。
私はオペラに詳しくなかったので、まずは稽古に入る前にオペラがどういうものなのか、マリア・カラスがオペラの世界においてどれほど偉大な人だったのか、といったことを学びました。また劇中では歌わないとしても、やっぱりオペラを歌ってきた人を演じるわけですから、その発声を教えていただいたり。そうした下準備のようなことがまずは大変だったなと。稽古に入ってから一番最初にぶつかったのは、台詞がなかなか覚えられないことです。発しても、自分の中からの言葉にならない、と言いますか。実感のない言葉がたくさん出てきて、どこから片付けていいか分からない状態だったんですよね。

演出の森新太郎さんが容赦ない稽古をしてくださって(笑)、結果としてはそれが本当にありがたかったです。最初の頃は稽古のたびに動きも変わって、それがちっとも体に入らない日々が続いていたので、本当に私、この芝居が出来るのかな!?と。また、私が発するマリア・カラスの台詞の一つ一つが、逆に自分に返ってくるように感じて。学生たちに向けて言っていることが、自分が一番出来ていないんじゃないか……、そんなふうに、自分の台詞にものすごく苦しめられた実感がありました。

――別の作品で森さんの稽古場を見学したことがあるのですが、とてもパワフルに、時間をかけて“しぶとい”稽古をされる方ですよね。
そうですね。私は幸運なことに宝塚で厳しい稽古を受けてきたので、それが役に立ったなと感じています。宝塚時代、とくに下級生の頃の何をやっても怒られていた時代を思い出して、懐かしい気持ちになりました(笑)。今は稽古でも、演出家もいろいろとやらねばならないことがあるし、一人の役者に費やす時間はなかなか取れないですよね。またあまり厳しく言えない時代でもありますし。そういう意味では、私は舞台でずっと出ずっぱりだったので、まずは私のことをやっつけないと芝居にならないと、森さんがとても時間をかけて稽古をしてくださったんですね。凄く鍛えていただいたなと感じています。
――観客をマスタークラスを受けに来た学生に見立てて、客席に向けて台詞を発していらっしゃいました。その演技については森さんからどのような演出があったのでしょうか。
稽古の最初から森さんに言われていたのは、「舞台上にいる相手と芝居をするよりも、お客さんに向けて芝居をすることが一番怖い」と。なので、稽古場にいる皆さんにバラバラのところに座ってもらって、それぞれの人にちゃんと話しかける練習をしました。

稽古場の一番後ろに森さんがいて見ているんですけど、それが一番怖かったですね。それぐらい、稽古場の空気は緊張感があって。本番始まって、お客さんたちは何て優しいんだろうと思いました(笑)。最初は、どんな反応が返ってくるのか、笑えるところで本当に笑ってもらえるか、と心配でした。劇場でも森さんが毎日客席の一番後ろで見ていて、お客さんの反応を見ながら「ここのテンポが悪いと、話が面白く聞こえない」とか、「ここの言葉が今日は滑っていたから、全然届いてなかった」とか指摘してくださるので、それは凄く勉強になりましたね。

――学生に扮した役者さんたちが声楽家の方々で、その歌唱も見応えのある舞台となった一因と思いました。
そうですね。普段あまりご一緒することのない方々とお仕事できたことは、とても刺激になりました。お芝居に関しても、伴奏者マニー役の谷本喜基さんなどはそれまでまったくお芝居をしたことがない方で、一番ナチュラルな演技だったんですよね。稽古場でも森さんがとても褒めていらっしゃって、私には出来ないことだなと感じました。ただ自然にそこにいて、とくに何かをやろうとしない。その一番の基礎が、皆欲しいけれどなかなか手に入らないものだなと。ご本人は凄く悩まれていたみたいですけれど。本当に目の前にマニーがいて、マニーに対してズケズケ言っている感覚にさせてもらえたのは、相手があってこそだなと思いました。


歌に関しても皆さん本当に素晴らしかったので、近くでそれを聴けたのは良かったです。と同時に、その人たちに教えなきゃいけない、たまに自分が見本を見せなきゃいけない場面があったので、嘘があってはいけないなと思ってアドバイスをいただいたり。皆さんとてもいい方で、いろいろと教えていただきました。
――初挑戦のストレートプレイの舞台から得られたもの、その実感はいかがでしょうか。
今はまだ、何を得たかは考えないようにしています。得たものはきっとたくさんあると思うんですね。それは技術的なものというより、舞台に立つ上で大事なことをマリア先生から、そして森さんや周りの方々からも教わりましたし。これからいろいろな作品をやっていく中で、生きてくるのだろうと思うんですね。ああ、これは『マスタークラス』があったから出来ることだな、とか、『マスタークラス』のマリア・カラスの言葉が今の自分を変えてくれているんだな、といった感覚は、きっとこれから出会う作品、出会う役の中で息づいてくるだろうなと思うので。私はそれを今、凄く楽しみにしていますね。


――今後もストレートプレイに挑まれますか?
挑戦したいです。今回はお客さん相手に喋ったり、自分一人で喋り続けるといった作品だったので、出来れば次は会話劇を、演劇の俳優さん方と一緒に会話をするお芝居をやってみたいですね。
信じられないくらい楽しみな胸熱デュエット!
――望海さんの次なる舞台は、ワタナベエンターテインメント25周年を記念したコンサート『ハッピーバースデー&サンキュー』です。(取材時は)稽古が始まったばかりの今、どんなお気持ちでいらっしゃいますか?
同じ事務所でも、普段はあまりお仕事でご一緒できないような方々とともにステージに立てて、いろいろな歌を通して皆さんと一つになれる機会はそうそうないので、とても楽しみにしています。私自身も、『マスタークラス』以降は彩風咲奈さんのコンサートへの出演がありましたが、それはゲストとして出させていただいたので、気持ちとしては『マスタークラス』に続く久しぶりの舞台という感じでワクワクしていますね。一部だけ歌唱曲が解禁になっていますけど、普段歌わない歌謡曲を歌ったりするのが凄く楽しみですし、オーケストラで歌えることも嬉しいです。
――テーマソング『幸せナベの作り方』がLittle Glee Monsterの歌唱で先に発表されていますが、望海さんも歌われるのですよね。感触はいかがですか?
皆さんと一緒に合わせて歌うのはこれからなんですが、タイトルの“幸せナベ”の通り、いろんな人が集まってこの歌を歌うと、凄く面白いものになるだろうなと感じています。
――ミュージカルコーナーで、真飛聖さんと一緒に歌われる『闇が広がる』は大注目です。まだ楽曲の解禁前にSNSの動画でお二人が「私たちが歌うならこの曲」とおっしゃっていたのが、“闇ひろ”ですね。
そうです(笑)。スケジュールの関係で、真飛さんと合わせて練習出来るのはほんの数回しかないと思うんですが、でもきっと息はピッタリだと思います。真飛さんがトップスターでいらした時、私はまだ下級生でしたので、二人で歌う機会はほとんどなかったんですね。一度だけ真飛さんのディナーショーで、当時新人公演で役をやらせていただいた作品から一曲、デュエットさせていただいたのが最初で最後だったので。二人で一緒に歌うのは本当にそれ以来なので、私自身がもう信じられないくらい楽しみにしているのもありますし、きっと当時を知っているファンの方にはメチャメチャ胸熱だと思います(笑)。
――その他の解禁になっている楽曲についても教えていただけますか?
あとは『ドリームガールズ』を、斎藤瑠希ちゃんとリトグリ(Little Glee Monseter)のかれんちゃんと一緒に歌わせてもらいます。
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この作品をやっていたのが今回と同じ東京国際フォーラムだったので、同じ場所で再び歌えるのは嬉しいですね。ミュージカル曲はミュージカル好きの方にはお馴染みだと思いますけど、普段あまり聴かない方もいらっしゃいますよね。でも『ドリームガールズ』は映画などでご存じの方も多いと思うので、一緒に盛り上がっていただきたいなと。またこれをきっかけに、ミュージカルも観てみたいな〜と思っていただけたらいいなという気持ちで今、練習しています。
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あとは中尾ミエさんと松本明子さんと一緒にキャンディーズの『年下の男の子』を歌わせていただくのが個人的に凄く楽しみですね! それからトワ・エ・モワの『地球は回るよ』、この曲は今回歌うことになって初めて知りました。
――本当に、幅広い年代の方に刺さる日本の名曲が揃ったコンサートですね。望海さんの新たな表情も期待出来そうで、楽しみです!
そうですね。私も「こういう曲があったんだ」と知りましたし、本当に昔から良い曲がいっぱいあるんだなと思いました。いろいろな年代の方に楽しんでいただけて、名曲を知ることが出来るいい機会じゃないかなと。多くの方に楽しんでいただけるよう、私自身も楽しんで歌おうと思います。
▶望海風斗SPインタビュー<後編>はこちらへ
取材・文/上野紀子(演劇ライター)
リハーサル写真・撮影/マチ★ソワスタッフ
望海風斗(Nozomi Futo)
神奈川県出身。2003年宝塚歌劇団に89期生として入団。2017年に雪組トップスターに就任。『ファントム』、『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』、『fff-フォルティッシッシモ-』に出演。退団後はミュージカル『ガイズ&ドールズ』(2022)や『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』(2023)、MOJOプロジェクト『イザボー』(2024年)、舞台『マスタークラス』に出演。第30回読売演劇大賞 優秀女優賞、第48回菊田一夫演劇賞を受賞。
ワタナベ25thコンサート『ハッピーバースデー&サンキュー』

音楽監督:宮川彬良
ステージング・演出:川崎悦子
作家:下山啓
総合プロデューサー:渡辺ミキ
日程:2025年6月18日(水)~22日(日)
会場:東京国際フォーラム ホールC
出演(五十音順):
新木宏典、大久保祥太郎(19,20,22日出演)、柏木由紀(18,19日出演)、斎藤瑠希、中尾ミエ、中山秀征、新納慎也(18,21日出演)、望海風斗、東啓介、松本明子、真飛聖(21日出演)、Little Glee Monster