「リア王」「三人姉妹」「若草物語」に、日本からなら「細雪」。古来より〝3人姉妹〟あるいは〝4人姉妹〟は多くの作品で描かれてきた。なぜ我々はかくも姉妹に惹かれてしまうのか。特に、江口のりこ、那須凜、三浦透子が3姉妹を演じると聞けば、なおさらに。
東京・渋谷のPARCO劇場で6月1日まで上演中の舞台『星の降る時』。2023年にイギリスはナショナル・シアターで初演を迎えた気鋭の作家、ベス・スティールの新作戯曲の日本初演となる。さびれた炭鉱町を舞台に、結婚式をきっかけに再会した3姉妹。幸せな1日になるはずだったが、徐々に家族が抱える問題が明らかになってきて…。
三姉妹のほかに段田安則、秋山菜津子ら思わず芝居好きもうなるキャストをそろえ、翻訳は小田島則子、演出は栗山民也と盤石の面々が務める。
本作は2024年度ローレンス・オリヴィエ賞のBEST PLAYにノミネートされたとのこと。その戯曲の魅力は、冒頭のシーンからすでに炸裂する。しっかり者の長女ヘーゼル(江口)と恋多き自由人の次女マギー(那須)は、末娘のシルヴィア(三浦)の結婚式のために集まった。ドライヤーをかけながら、つまみ食いをしながら、さらには化粧をしながら。腕や足をむきだしにした女たちのおしゃべりが止まらない。とにかく、ずーーーっと彼女たちは〝しゃべっている〟。生々しく率直で、ウィットに富み、たまにいじわるな言葉のシャワーを浴びれば、女の会話を覗きみる悦びに、思わずにやついてしまう。栗山がパンフレットで述べているように、どことなくシェイクスピア劇を彷彿とさせる贅沢で豊穣なセリフたち。その中に、女たちが抱える事情が立ち上がっていく。

無職の夫に倦怠感を覚えながら倉庫で働き、思春期の娘たちの世話に追われるのは長女。江口は現実に倦みながらも立ち向かい、世界を回し続けるしかない女のしんどさ、そっけなさ、頑固さ、強さを確かな手触りで表現する。〝疲れている〟ことにあまりにも嘘がない。そして、その中にも時折まぶしく輝く可愛らしさといったら!物語が進むごとに、そのキュートさが存在感を増していったと思う。
次女は4度の結婚をして、今は独り身。なぜか突然、故郷を飛び出してしまった。亡き母親から〝欲張りマギー〟と揶揄されていたほど、ほしいものに向かって一直線だけれど、実は人一倍ナイーブで、周りに気を遣っていたりする。奔放で不器用な彼女を、那須はダイナミックに、それでいて繊細に演じた。たっぷりとした情感で、冒頭の生活感あふれる姿から、結婚式のためにドレスアップした姿のあでやかさへの転換には思わず息を呑んだ。
三女は内向的ながらも、触れれば切れそうな鋭さと感情の激しさを秘めた役柄。飄々とした印象の三浦が、この役を演じる意外さが面白かった。声音を巧みに使い分け、繊細さと激しさを同時に内在させた。第一幕の中盤、次女が「この幸せが永遠に続くように」と祈ってある仕草をみせる場面では、この後に訪れる破綻を予感させるだけに、その切なさと美しさに涙がこぼれてしまった。まだ物語は始まったばかりなのに…。
妻を早くに亡くした寡黙な父親、トニーを演じるのは段田。言葉数は少ないながらも、長年炭鉱で働きながら、3姉妹を愛情深く見守ってきた。結婚式の場面での演技にはおそらくすべての父と娘が泣けるはず。終盤、感情を爆発させるシーンでのすごみもさすが。

作品世界のアクセントとなるのが、3姉妹の血のつながらない叔母、キャロル。秋山は義理の姪たちのために空回りする〝空気の読めない〟女をチャーミングに演じた。リアルに〝ウザい〟、でも本当に憎めない。彼女が登場すると、ぱっとにぎにぎしい絵の具が飛び散るようなイメージだ。
ちょっと間が抜けた、でも人がいい長女の夫は近藤公園、人種差別に敏感な三女の新郎のポーランド人に山崎大輝、トニーと確執を抱えた弟のピートは八十田勇一と、それぞれにリアルなたたずまいがいい。こうやって書いていても、よくもまあこれだけの個性的な名優を集めたものだ、と嘆息してしまう。
そして、セリフの魅力よ。卑近に、けれども時には深遠に。地球の隅っこの元炭鉱町と、はるかなる太陽系の惑星たち。平凡な現在と、悠久の果てなる太古と未来。軌道から外れて旅立ちたいと願いながらも、重力にとらわれて抜け出すことができず、回り続けるしかない小さな人間たちの感情と、宇宙的な視座の巧みな交錯に、くらくらと身をゆだねよう。

栗山の演出は、そんな豊かなセリフの応酬の間にふとのぞく、ひずみや美しさを丁寧に掬い取る。壮絶な展開の果てに迎えるラストには観客それぞれの受け止め方を生むだろうが、3姉妹のある仕草に、作家の、そして演出家のメッセージを感じた。
ベス・スティールはウェイターから戯曲家を志し、わずか6か月で初めての戯曲を書き上げた異色の経歴の持ち主という。才能ある海外作家に注目し、素晴らしいキャストで日本に紹介しようという企画元の熱意にも敬服した。
東京ののち、山形、兵庫、福岡、愛知でも公演を予定。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
舞台写真撮影/細野晋司
写真提供/株式会社パルコ
パルコ・プロデュース 2025
舞台『星の降る時』


作:べス・スティール
翻訳:小田島則子
演出:栗山民也
出演:江口のりこ、那須凜、三浦透子、近藤公園、山崎大輝、八十田勇一、西田ひらり、佐々木咲華、下井明日香、秋山菜津子、段田安則
【東京】2025年5月10日(土)〜6月1日(日)PARCO劇場
【山形】2025年6月8日(日)やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)
【兵庫】2025年6月12日(木)〜15日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
【福岡】2025年6月21日(土)・22日(日)キャナルシティ劇場
【愛知】2025年6月27日(金)〜29日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール