傑作である。今年の邦画界は大作か否かを問わず、力作、佳作が多い印象だが、その中にあっても、これは非常に熱気あふれる、力に満ちた作品といえるだろう。
2週目の土日の興行収入が初週の1.4倍と伸びたことが、その証明だといえる。映画の興収は大抵、初動から減っていくものだが、「国宝」は見た人の口コミで評判になっているのだ。
週末の動員数こそ、ディズニーの家族向け実写映画「リロ&スティッチ」という対抗馬の後塵を拝しているが、「平日は強い」(映画関係者)というから大人の鑑賞に堪える作品なのだ。
芥川賞作家、吉田修一の同名小説が原作。主人公はヤクザの家に生まれた喜久雄。抗争で一家は解散し、上方歌舞伎の名門の当主、花井半二郎(渡辺謙)に引き取られる。

この喜久雄を演じるのが吉沢亮。前作「ぼくが生きてる、ふたつの世界」でも存在感を放っていた。今、絶好調の俳優だ。
ちなみに喜久雄の子ども時代を演じた黒川想矢の女形ぶりも見事で、半二郎が才能を見いだすのに十分な説得力があった。映画の初速において、黒川の貢献は大だと書き添えておこう。
さて、梨園に飛び込んだ喜久雄は花井の御曹司、俊介(横浜流星)と兄弟のように育ち、芸を高め合うが、生い立ちが違う2人。大事なのは才能か? 血筋か? 2人は運命に翻弄されていく。


脚本は奥寺佐渡子。「時をかける少女」など細田守監督のアニメ映画を多く手掛けた脚本家だ。3時間近い長尺の割には、物語が平坦だという人もいたが、この映画は、ただ「芸」に取りつかれた男たちの生きよう、執念に、ひれ伏す映画なのだと覚悟を決めて見るのがいい。
まずは美しい映像に圧倒されよう。この映画の勝因の半分は、この独特の映像美にあるはずだ。チュニジア出身のソフィアン・エル・ファニが撮った。カンヌ国際映画祭のパルム・ドールに選ばれた仏映画「アデル、ブルーは熱い色」を手持ちカメラで撮った撮影監督だ。
監督は、李相日(リ・サンイル)。広瀬すずと松坂桃李、横浜も出た前作「流浪の月」は、内側にこもるように暗い印象を残したが、今回はすべての熱量を外側に放出した。
この李監督に吉沢と横浜がよく応えた。役者の業、芸道に対する執念などを表現しきったのではないか。歌舞伎役者ではない2人が、これをやりとげたのは、まさに2人の執念なのかもしれない。

2人の女形の場面が美しいのだ。李監督は黒衣が走り回る舞台裏を混じえて見せる。これが、表舞台の華やかさをさらに引き立てる。歌舞伎を裏側から見られるのも、この映画のおもしろさだろう。
2人によるこの舞台をたっぷりと見せるため、李監督は3時間近い長尺を必要としたわけだ。
質と量。この映画を見た人の多くは、その両方に圧倒されるはずだ。だから、口コミで評判がどんどん広がっている。
文/石井 健(産経新聞社)
Information
『国宝』
全国東宝系にて公開中

原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督:李相日
出演:吉沢亮
横浜流星/高畑充希 寺島しのぶ
森七菜 三浦貴大 見上愛 黒川想矢 越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作 宮澤エマ 中村鴈治郎/田中泯
渡辺謙
配給:東宝