大ヒットドラマ「半沢直樹」(TBS)からミュージカル、バラエティー番組の出演など「歌舞伎俳優」の枠にとどまらず幅広く活躍する尾上松也さんがこのほど、若手俳優が舞台出演をかけて戦う配信番組「主役の椅子はオレの椅子」(Abema TV)のMCに起用された。10月には自身が主演として出演する『百傾繚乱』の配信舞台やプロジェクト『IMY歌謡祭』も控え、縦横無尽の活躍を見せる松也さんに、新型コロナウイルスの影響を受けるエンターテインメント業界のなかで思うこと、今後の抱負などを聞いた。
日本の伝統である歌舞伎を身近に
――ドラマ「半沢直樹」(TBS)に出演されました。歌舞伎俳優が多く出ていて、お茶の間に歌舞伎の魅力が伝わったのではないでしょうか。
「半沢直樹」の人気は、出演者としてはうれしいことです。僕は役柄的にそんなに(派手な演技を)やるべきでないと思っていましたのでそこまでやっていませんが(笑)、ヒール役の先輩方は思う存分やってらっしゃいました。ですが、あれが歌舞伎というわけでもないんですよ。本気で歌舞伎を演じたら、あんなものではありません(笑)。
――テレビドラマ、バラエティー番組、ミュージカル、と幅広く出演されていますね。
いろいろなことに興味がありますし、いろいろなところから必要としていただけるのは、こういう仕事をしている上では非常に喜ばしく、ありがたいことです。楽しそうだな、興味があるな、と思ったことはなるべくやりたいと思っています。ただ、それプラス、やはりこれからの歌舞伎のことをいつも考えています。「半沢直樹」もそうですけど、歌舞伎になじみのない方にも、見に行ってみようかなと思っていただけるきっかけ作りになりたいなという思いがあります。
――根底にあるのは歌舞伎への思いですか?
そうですね。全てのお仕事を全力で楽しくさせていただいておりますが、その仕事があるのは歌舞伎に育てていただいたから、という思いがあります。歌舞伎以外の活動を通じて、歌舞伎にも少しずつでも恩返しができたら、と。恩返し…あ、これ、別に半沢直樹じゃないですよ! 恩返しまで台詞にしちゃったものだから! 普通に言っているだけなのに(笑)。施されたら施し返すということです(笑)。
――10月11日には、山梨県の小淵沢町で毎年行っているオリジナル公演「百傾繚乱」の配信があります。
歌舞伎をより多くの方に知っていただきたいと、一昨年から小淵沢での公演を始めさせていただいています。今年は、新型コロナの影響で一度は中止になったものの、せっかく始めたからには続けていこうという話になりまして。9月に少しだけ現地のお客さまにご来場いただいて収録し、それを10月に配信させていただく形になりました。会場は自然豊かで、劇場があるとは想像もつかないような場所。これからもこの時間を大切にしていこうと思っていたので、やりましょうと言っていただいたのはすごくうれしかったですね。
小淵沢歌舞伎講座というレクチャーを行ってから本番の舞台を見ていただく取り組みなので、演目もバランスを考えながら、誰もが飽きずに見ていただけるようなラインナップにしています。例年は東京から見に来てくださるお客さまもいらっしゃいますが、普段、歌舞伎の公演がそんなに開催されない地元の方が見に来てくださいます。いつもとは違う空気感ですのですごく新鮮ですし、刺激にもなりますね。もっと多くの方が歌舞伎という演劇に触れられる機会が全国で増えるといいですよね。それが歌舞伎の未来にもつながっていくと思います。日本の伝統文化である歌舞伎が、現代の日本人にとっても身近な文化になる日がくるといいですね。
若手のためにできることを
――若手俳優が舞台出演をかけて戦う配信番組「主役の椅子は俺の椅子」(AbemaTV)のMCも務めていらっしゃいます。これは若手を後押しする番組ですよね。
バラエティー番組では、芝居とは違う脳の使い方で話しますので、発散にもなって好きです。ですが、MCとなると、やはり周りを見る勉強になりますね。どうやって回していくか、どういう風に展開していくかといったコントロールはMCの務めですから。この番組では映像を見るのがメインなんですけど、それも勉強になりますし、楽しんでいます。
自分もまだ修行中ではありますが、自分より若い俳優さんたちを見ていると、こういう感じで悩んでいるんだろうな、こういう風に思っているんだろうな、とわかることは多いです。若手のためにできることはしていきたいですし、自分もそういう時期を乗り越えてここまで来たので、同じ役者として感じることや苦悩する部分に共感できます。視聴者の皆さんにもそこをわかりやすく見ていただけるように、盛り上げ役になりたいです。
――芸歴の長い松也さんにも、苦悩したり壁にぶつかったりする時期があったんですか?
僕は中学の3年間はまったく歌舞伎に出ていなかったですからね。ですが、歌舞伎が嫌だと思ったことは一度もないです。歌舞伎の舞台に立つ、歌舞伎を見ること、歌舞伎に携わることが好きなのは、子供の頃から変わりません。
今年、初舞台から30周年になるのですが、芸歴なんて関係ないと思っています。子供の頃から舞台に立っていれば、はたちで初舞台の人より少しは余裕があるかもしれませんが、5歳、6歳の時のことは覚えてはいません。役者として、これまで芸歴を意識したことはないです。
40代で弟子入りして名優になられた方も歌舞伎の歴史にはいらっしゃいますし、(市川)中車さん(香川照之さん)だってそうですよ。板(舞台)の上に立ってしまえば、先輩も後輩も関係ありません。それこそ、香川さんとの関係は不思議です。俳優としては先輩ですけど、歌舞伎俳優としては後輩になります。そこが香川さんの面白いところではあるのですが。ですが、「半沢直樹」で対面したらそんなことは関係ない。歌舞伎の舞台に立ったときも関係ないですし、先輩方は、もちろんご指導していただくときや、ご指摘を受けるときは先輩としてしっかりと叱ってくださいますが、「舞台に立ったら関係ない。どんどん来いよ」とおっしゃってくださいます。すてきな役者さんというのはそういうものです。そういう先輩方に育てていただいてきたので、僕もそうでありたいと思いますね。
>>>後編はコチラから
取材・文/道丸摩耶(産経新聞)
撮影/酒巻俊介(産経新聞)
ヘアメイク/岡田泰宜
スタイリスト/椎名宣光
尾上松也 (Matsuya Onoe)
1985年1月30日生まれ。歌舞伎俳優。5歳で『伽羅先代萩』の鶴千代役にて初舞台。近年は立役として注目され、「鳴神」の鳴神上人、「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助など大役を任されている。2014年からは、20歳代が中心となる新春浅草歌舞伎では最年長のリーダー役を勤めている。
歌舞伎以外では、蜷川幸雄演出の騒音歌舞伎(ロックミュージカル)『ボクの四谷怪談』(2012年)お岩役、東宝ミュージカル『エリザベート』ルイジ・ルキーニ役(2015年6〜8月)などで活動の幅をひろげ、歌舞伎自主公演『挑む』も精力的に行っている。
2019年1月23日山崎育三郎、城田優とのプロジェクト『IMY』を結成。この「I・M・Y」は、3人の名前のアルファベットの頭文字を組み合わせたものである。
最近では、日曜劇場『半沢直樹』(TBS)でIT企業社長・瀬名洋介役を演じ、更なる注目を集めている。