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COLUMN

【MICHIMARU劇評】『ゲルニカ』

12人の「抵抗」の物語

コロナ禍で演劇がない数カ月を耐えてきた人たちが、終演後にスカッとする舞台ではない。それは、日本人にはなじみの薄い「ゲルニカ」というタイトルからも想像できる。演出家、栗山民也が20年以上前にピカソの名作「ゲルニカ」を見て構想を温めてきたという本作は、リニューアルされたPARCO劇場のオープニングシリーズとして、脚本家、長田育恵によってつむぎだされた1930年代のスペイン・バスク州の都市、ゲルニカを生きる人々の群像劇である。

群像劇だけあって、テーマはいささか難解である。家柄とキリスト教の教えをよりどころに生きる旧体制派と、それに反発する市民たち新体制派。何とか権威を維持したいと考える旧体制派は、当時台頭してきたファシズムと手を組み、平和な街に悲劇が起きる。こうした歴史的、宗教的、民族的な背景に加え、出演者12人それぞれに見どころが用意されていて、誰一人として「脇役」にならない多面的な物語が、複雑さに拍車をかける。

PARCO劇場のオープニングを飾る作品の一つなのに、セットはピカソの「ゲルニカ」をなぞるようにモノクロが基調で、物語の筋書きも明るくない。ピンマイクに頼らず、マウスシールドを付けることもなく役者は地声で勝負する。休憩を入れると3時間近い2幕ものの舞台は、コロナの時代に迎合することはない(もちろん最前列を空けるなど感染防止策はきちんと取られている)。観客の「見たいもの」を作るのではなく、我々の「作りたいもの」を見てほしい。そんな栗山を始めとする演劇人の気概がひしひしと伝わってくる。

役者陣もその思いに応えた。旧領主の娘、サラを演じた上白石萌歌のぬくもりのある声と、サラに心惹かれるドイツのスパイ、イグナシオを演じた中山優馬のどこか交われない孤独感を抱えた雰囲気は、悲劇を際立たせる。ともに自らに半分流れる「血」、すなわち自分の力ではどうしようもないことに翻弄されながら、一方はその血を誇りに思い、一方は憎み続けるという対比も鮮やかだ。一瞬だけ交わった2人の人生は結局、離れたままで終わる。


サラ役/上白石萌歌

戦地を取材するジャーナリスト、クリフ(勝地涼)とレイチェル(早霧せいな)の対比も興味深い。2人はセンセーショナリズムと、事実に即した地味な記事との間で揺れる。どこか投げやりな勝地のたたずまいと、凛とした早霧の組み合わせは魅力的だ。ゲルニカの悲劇を伝えるクリフが、レイチェルのこだわった「数字や事実」に基づく抑制的な記事を書いたのは、本当の悲惨さを表す文章にセンセーショナリズムはいらないと思い至ったからだろうか。クリフの書く「死者1654人」という数字のひとつひとつに、それぞれの「暮らし」があったことを、観客はもう知っている。どうせ人はすぐに飽きる、センセーショナルさで売るしかないと斜に構えていたクリフが、数字を示せばそこにある人々の人生に想像力を抱けると読者(観客)を信じてくれたのか。だとしたら、「人生の希望」「人間の愛」を信じたサラの思いは、クリフとレイチェルの2人にそれぞれ別の形で受け継がれているということだ。「思い」を受け継ぐのに必要なのは「血筋」ではないことの証しでもある。


クリフ役/勝地涼(写真左)、レイチェル役/早霧せいな

そしてこの舞台は、サラの母、マリア役のキムラ緑子の存在感なくして語れない。敬虔なカトリック信者でありながら肉欲に抗えない愚かで傲慢な、時には暴力的な未亡人。自己の都合で周囲を振り回し、最後には世界を不幸のどん底に落とす難役だが、自分の周りの小さな世界でしか生きられない人間の哀れさが伝わり、同情すらしてしまう。旧体制を離れ新体制で生きていくと決心しながらも軸足の定まらないイシドロ(谷川昭一朗)ら、町の人々の弱さにも観客は引き込まれていく。そこに弱い自分自身が重なるから。


マリア役/キムラ緑子

難点を上げるなら、物語のラスト、爆撃を受けた街に、新たな命が残ったのかどうかが分かりにくい。レイチェルが手にしたものが「希望」なのか「絶望」なのか(要は生死が)、私には最後まで分からなかった。空襲を受けて何もかも失った人々の「希望」となり得る存在だけに、もう少し分かりやすい提示が欲しい。最初に説明するのでなく、物語を進める中で明らかにしていく長田の脚本は随所で非常に効いているが、この部分はおそらくクライマックスであり、観客任せで良いのか少し疑問が残った。

全体を通して伝わってくるのは、これが「抵抗」の物語だということだ。抵抗の理由は決して正義や正しさのためだけではないし、その方法も武器を持って戦うだけではない。逃げることで抵抗する者、流されるだけの者、登場人物の価値観は異なったまま、最後まで交わることはない。あえて共通の「解」を投げないことで、観客を揺さぶり、考えさせるのだ。

「ゲルニカ」とは、ピカソの抵抗の作品である。この時期に、この日本で、この舞台を見られたこと。演劇人たちの強い意志を受け取った観客も、「抵抗」することを許されているのだろう。つまり、はなから同じ感想など持つ必要がない。世界中の数学者たちが挑み続ける数学の定理とは違い、人生の最適解はいつもバラバラなのだから。

27日まで、東京・渋谷のPARCO劇場。京都、新潟、愛知、福岡公演あり。


道丸摩耶(みちまる まや)
産経新聞記者。文化部、SANKEI EXPRESSの演劇担当を経て、観劇がライフワークに。
幼少時代に劇団四季の「オペラ座の怪人」「CATS」を見て以来、ミュージカルを中心に観劇を続けてきたが、現在は社会派作品から2.5次元作品まで幅広く楽しむ。
舞台は総合芸術。「新たな才能」との出会いを求め、一度しかない瞬間を劇場で日々、体感中。


Stage Information

PARCO劇場オープニング・シリーズ『ゲルニカ』

作:長田育恵
演出:栗山民也
出演:上白石萌歌 中山優馬 勝地 涼 早霧せいな 玉置玲央 松島庄汰
林田一高 後藤剛範 谷川昭一朗 石村みか 谷田 歩 キムラ緑子

【東京】9月4日(金)〜27日(日)PARCO 劇場
9月19日以降の公演、入場制限緩和に伴い、チケット追加販売中!
【京都】10月9日(金)〜11日(日)京都劇場
【新潟】10月17日(土)〜18日(日)りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
【豊橋公演】10月23日(金)〜25日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
【北九州公演】10月31日(土)〜11月1日(日)北九州芸術劇場 大ホール

※詳細は、公式サイト

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