客席の明かりが戻り、アナウスンスが流れても、なお止まない拍手。キャストの〝本気〟を、観客がしっかりと受け止めたことが、その〝熱気〟に込められていた。
911を背景にした物語。そう聞けば、日本に生きる我々にとって少し遠い題材に思えるかもしれない。だが、観終わってみれば、これほどまでに我々に近い物語もないのかもしれないと思わされた。
2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ。アメリカ領空が閉鎖され、急遽38機はカナダの小さな島・ニューファンドランドにあるガンダーに降り立つことになる。
人口約1万人の街にやってきた、人種も国籍も事情もさまざまな約7000人の人々。島の住民は突然の事態にも関わらず、彼らを躊躇せずに受け入れる。
非常事態を宣言し、バスのドライバーたちはストライキを中断。子どもたちのクラブ活動もすべてを中止し、困惑する人々を力の限りに支えようとする。学校も集会所はすべて乗客の宿泊先として開放し、アイスホッケー場を膨大な食料のための〝巨大なウォークイン冷蔵庫〟に。そして家に招き入れ、お茶に誘い、酒を酌み交わしながら。年明けから心破れる災害と事故に襲われた2024年の日本に生きる人間にとって、その物語はあまりに近く、時に泣きたくなるほどの痛みをもって語り掛けてきた。それと同時に、瞬時に困難のなかにある人々に寄り添おうとするやさしさもまた、思い出させてくれたのだった。
トニー賞をはじめ、名だたる演劇賞を受賞したブロードウェイミュージカル。舞台に登場するキャストは12人のみ。記念すべき日本初演のキャストは、開幕前日の囲み取材で加藤和樹が「ミュージカル界のアベンジャーズ」と表現したほどの面々が揃った。安蘭けい、石川禅、浦井健治、加藤和樹、咲妃みゆ、シルビア・グラブ、田代万里生、橋本さとし、濱田めぐみ、森公美子、柚希礼音、吉原光夫。ミュージカル好きなら、よくもこれほどのキャストをそろえられたと唸るだろう。しかし、これほどのキャストでなければ、この作品の日本初演は実現できなかったのだと思う。
冒頭。シャツにジーンズと、シンプルこのうえない衣裳で12人が登場する。リズムにのって足を踏み鳴らす、ただそれだけなのにこんなにも様になるのは、この12人だからなのだ。
まずはオープニングナンバー《Welcome to The Rock》。町長役の橋本さとしが長身に朗々と張りのある声で一気に人目を惹き付ける。明るさとユーモアはさすがの貫禄だ。石川は飄々と肩の力が抜けた演技を。最初緊張感のあった客席をほぐし、ついには爆笑にも巻き込んだのはこの人の力が大きかったに違いない。浦井は甘い歌声で舞台に艶を。シンプルな衣裳でも隠し切れない華がある。加藤は疑い深いニューヨークから来た青年を陰影深く、ドラマティックに演じた。時折みせる弾けた演技が実にチャーミング。
田代は頑ななゲイの青年や、疑惑の目を向けられる中東出身の紳士までをいきいきと演じ分け、巧者っぷりを見せつける。そして吉原は深い声と緩急自在の演技で、抜群の存在感を示した。男性キャストがそろって登場する場面があるのだが、短いシーンにも関わらず、そのカッコよさと言ったら!
女性陣も文句なしにカッコいい。安蘭は、飛行機に乗り合わせた男性と恋に落ちるシングル女性を。大人の女性の深みの中にも、時折見せるかわいらしさが印象的だった。白いシャツがよく似合う咲妃は新米テレビ記者を中心に演じる。その可憐なたたずまいから目が離せなかった。グラブは動物の保護に尽力する女性を。洗いざらしのジーンズのような、さっぱりとした強さと美しさが実にすがすがしい。
アメリカン航空初の女性パイロット役の濱田は、タフでエネルギッシュな女性を見事に体現した。中盤の濱田と女性キャストによる《Me And The Sky》は喜びと痛みを同時に内包する難曲だったが、張りのある濱田のボーカルを女性陣がコーラスで支え、こんなにも贅沢な一曲があるのかとうならされた。
森は消防士の息子と連絡がつかない母親役。愛と哀しみを、全身を楽器にして、エモーショナルに表現した。柚希は乗客を受け入れるために奔走する女性役。その大らかな明るさが舞台を照らした。
迎え入れる側と迎えられる側。相対する立場の約100役を、12人で演じる。小道具や声色、しゃべり方などで変化を付けながらも、それでも分かりやすさにはこだわっていない印象を受けた。
混乱の中に放り込まれた人々のうねり、手触りをリアルにあらわしつつ、主旋律はくっきりと紡ぎだす演出だ。言葉が通じずに疑いと恐怖の中にある人々が、あるものをきっかけに心を通じ合わせる場面の尊さよ。
セットはごくシンプルで、ほぼ椅子とテーブルのみ。椅子を移動するのもキャスト自身だ。〝助け合う〟ことを、キャストたち自身が舞台上で体現していたのだ。多様性を表現するため世界各国の民族楽器を取り入れたバンドも楽しい。かといって、〝みんな違ってみんないい。みんなが分かりあえてHAPPY!〟という安易な話には終わらない。疑いも哀しみも決して消えることはないのだ。
〝おもてなしの国〟を謳う日本人にとって、もしかしたらニューファンドランド島の人々の行為は、「当たり前」だと思うかもしれない。けれど、日本に、いや世界に充満する息苦しさと分断。遠くて近い物語は、こう問いかけているのではないだろうか。本当に私たちは〝人を受け入れている〟のだろうか、と。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
撮影/吉原朱美
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Stage Information
ブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』
脚本・音楽・歌詞:アイリーン・サンコフ / デイビット・ヘイン
演出:クリストファー・アシュリー
ミュージカルステージング:ケリー・ディヴァイン
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
出演:
安蘭けい
石川禅
浦井健治
加藤和樹
咲妃みゆ
シルビア・グラブ
田代万里生
橋本さとし
濱田めぐみ
森公美子
柚希礼音
吉原光夫
スタンバイキャスト:
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湊陽奈
安福毅
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2024年3月7日(木)~29日(金)
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2024年5月3日(金)・4日(土)
【群馬公演】高崎芸術劇場 大劇場
2024年5月11日(土)・12日(日)