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【観劇コラム】ミュージカル『マチルダ』▷美しき混沌

美しいカオスだった。何層にも重なる物語。大人と子ども。正しいこと、正しくないこと。想像と現実。規則と自由。何もかもが入りまじり、そしてたどりついたのは、あまりに美しいラストシーンであった。

ミュージカル『マチルダ』。英国の名門ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが2010年に製作し、2013年にはブロードウェイに進出。トニー賞をはじめ英ローレンス・オリヴィエ賞など国際的な演劇賞の数々に輝いた作品だ。世界各国で1100万人以上を動員してきたが、今回が満を持しての日本オリジナルキャストでの上演となる。

原作は『チャーリーとチョコレート工場』で有名なロアルド・ダールの児童文学。原作のもつ豊かな想像力と諧謔は、冒頭のナンバー《MIRACLE/奇跡》にありのままに映し出される。
誕生日会で思い思いの仮装をした子どもたちが登場するだけでおもちゃ箱をひっくり返したかのようなにぎやかさ。「ママは言う 私は奇跡」と繰り返し歌う子どもたち。親も親で「通知表の成績が悪い、先生のせいだ、転校させよう!」。そんな狂乱に対し、風船をたくさん持って現れるピエロは「平均以上が平均。奇跡だらけ」とチクリ。それでもいいのだ。どの子にとっても、どの親にとっても、「わが子は奇跡」なのだから。ただ一人をのぞいては―。

マチルダ役:寺田美蘭(撮影:田中亜紀)

「ママはいう 私は虫けら」―。粗末な身なりの少女が一声歌う。静まり返る。彼女はマチルダ。5歳にして難解な計算を一瞬で解き、トルストイを読破する天才だ。本公演では1000人以上が参加したオーディションから選ばれた4人(嘉村咲良/熊野みのり/寺田美蘭/三上野乃花。観劇日は寺田)が演じる。寺田は華奢なたたずまいながら、清冽な歌声。マチルダは幼いながら、心は大人(それ以上!?)。元気さでおしきればよいという役柄ではなく、難役であろう。しかし寺田は静謐だが芯の強い存在感で、怒涛のセリフと矢継ぎ早のナンバー、そして激しいダンスを疲れもみせずこなし、最後までマチルダという役柄を演じきっていた。ガラスのような怜悧さが印象的だった。

ミセス・ワームウッド役:霧矢大夢、ミスター・ワームウッド:斎藤 司(撮影:田中亜紀)

抜群の頭脳と無限の想像力を持つマチルダだが、両親のワームウッド夫妻にとってはただの「虫けら」。母親のミセス・ワームウッド(霧矢大夢/大塚千弘。観劇日は霧矢)は臨月まで妊娠に気づかないほど子どもに関心がなく社交ダンスに夢中。父親のミスター・ワームウッド(田代万里生/斎藤司(トレンディエンジェル)。観劇日は田代)もマチルダを口汚くののしる。(「坊主!」と呼び捨てる彼に「私は女の子よ」と毅然とただす娘マチルダ…がワームウッド家のおきまりのやりとり。だが、このやりとりが最後の最後で感涙必至の伏線になっているとは…)

ミスター・ワームウッド:田代万里生、ミセス・ワームウッド役:大塚千弘(撮影:田中亜紀)

詐欺まがいの商売を繰り返すこの男だが、田代がいい。だみ声でハイテンション。徹底的に愚かで粗悪なキャラクターだが、どこか憎めないのは田代という人間自身の品のよさだろう。そこまでを含めてのはまり役。これまで正統派二枚目を演じてきた田代の挑戦に拍手だ。
霧矢もパワー全開。最初から最後まで怒鳴りちらし、踊りまくる。《LOUD/ド派手に生きろ》はキレキレのパワフルなダンスと歌声で客席を圧倒する。

図書館で本を借り、司書のミセス・フェルプス(岡まゆみ/池田有希子。観劇日は岡)に自作の物語を聞かせる時間が唯一のよりどころであるマチルダ。学校に入るが、そこもまたミス・トランチブル(大貫勇輔/小野田龍之介/木村達成。観劇日は木村)が支配する地獄だった。

ミス・トランチブル役:木村達成(撮影:田中亜紀)

女性の役柄を男性が演じる。ミス・トランチブルという、規則を何よりも重んじ、逆鱗にふれた生徒はハンマー投げの要領で投げ飛ばす狂的な人物を表現するのに、このちぐはぐさが効果的だった。木村もまた嫌味がないのがすごい。ずば抜けた身体能力にも注目だ。

マチルダの能力を見抜き、彼女の支えになろうとする教師がミス・ハニー(咲妃みゆ/昆夏美。観劇日は咲妃)。体は子ども、心は大人のマチルダとは反対に、ハニーは体は大人、心は傷ついた子どものまま。支配されることに諦めながらも、マチルダのために一歩踏み出そうとする彼女の《PATHETIC/情けない》は、咲妃が確かな演技力でハニーという人間をわずか一曲で完璧に表現する。

ミス・ハニー役:咲妃みゆ(撮影:田中亜紀)

学校と家庭。二重の地獄のなかで、寄り添いあう孤独なふたつの魂。第一幕の後半、本当に美しいシーンが待っている。そして第二幕の大団円たるや―。

檻に見立てたセットを駆使して生徒たちががなりたてる《SCHOOL SONG/スクール・ソング》、ブランコを飛翔させ子どもたちが大人になったときの夢を歌う《WHEN I GROW UP/いつか》など、空間も時も次元も自由自在に伸び縮みさせる演出はまさに想像力の豊かさを見せつけてくる。心にひっかける振り付け、ウィットにとんだセリフをすんなりと日本語に変換した翻訳も一流。

スクール・ソング(原題:School song)(撮影:田中亜紀)

女性を男性が、子どもを大人が演じる。時空も入りまじる。カオスが感動となって押し寄せるのは、一流のスタッフによる緻密な計算あればこそ。
マチルダが繰り返し言う「それは正しくない」。その「正しさ」は本当に「正しい」のか。そんな一抹の疑問が訪れることすら計算なのか。

きっと誰もがマチルダで、きっと誰もがハニー先生で…。物語の残酷さ、豊かさ、美しさを伝えてくれる作品だ。そして、ミュージカルというものの無限の可能性も―。

東急シアターオーブで5月6日(土)まで。その後梅田芸術劇場メインホールにて5月28日(日)から6月4日(日)まで。

取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
舞台写真撮影/田中亜紀

Stage Information

Daiwa House presents ミュージカル『マチルダ』

脚本:デニス・ケリー
音楽・歌詞:ティム・ミンチン
脚色・演出:マシュー・ウォーチャス
振付:ピーター・ダーリング
オーケストレーション・追加音楽:クリストファー・ナイチンゲール

【日本公演スタッフ】
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
演出補:西 祐子 藤倉 梓
振付補:前田清実
音楽監督補:竹内 聡

【日本オリジナルキャスト】
マチルダ:嘉村咲良/熊野みのり/寺田美蘭/三上野乃花(クワトロキャスト)
ミス・トランチブル:大貫勇輔/小野田龍之介/木村達成(トリプルキャスト)
ミス・ハニー:咲妃みゆ/昆 夏美(Wキャスト)
ミセス・ワームウッド:霧矢大夢/大塚千弘(Wキャスト)
ミスター・ワームウッド:田代万里生/斎藤 司(トレンディエンジェル)(Wキャスト)  他

公演日程
【東京公演】2023年3月22日(水)~5月6日(土) 東急シアターオーブ
【大阪公演】2023年5月28日(日)~6月4日(日)梅田芸術劇場メインホール

主催:ホリプロ 日本テレビ 博報堂DYメディアパートナーズ WOWOW
協力:GWB Entertainment
企画制作:ホリプロ
特別協賛:大和ハウス工業
後援:ブリティッシュ・カウンシル

公演公式サイトはこちら

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