現在、大阪・梅田芸術劇場で公演中のミュージカル『レ・ミゼラブル』。石井一彰さんが16年ぶりに警部ジャベール役でこの作品に帰ってきました。同作のフイイ役でデビュー後、数多の名作ミュージカルに出演。また「科捜研の女」の若手刑事・蒲原勇樹役をはじめ、映像にも活躍の場を広げています。端正なたたずまいでファンを魅了する石井さんは、共演者らにも慕われる「愛されキャラ」。今回のインタビューでは、そんな自然体の魅力あふれる石井さんの素顔をたっぷりとみせてくださいました。
――ミュージカル『レ・ミゼラブル』の大阪公演中ですが、いかがでしょうか。
より一層カンパニーの結束力が強まった印象を受けました。なので、逆にジャベールとしては孤立できる感覚が強くなり集中しやすい環境になった気がします。ジャベールという役は、ひとりだけほかの登場人物たちから孤立した存在なので。
――2月は帝国劇場公演でした。休館となった帝国劇場ですが、石井さんにとっては、同じく『レ・ミゼラブル』のフイイ役でデビューされた劇場でもあり、今回もその大きな区切りに立ち会われたことになります。改めて帝国劇場への思いをお聞かせください。
本当に帝国劇場は、演劇人にとっても、お客様にとっても神聖な場所ですよね。デビューした時はただただ必死で、まったく記憶がなくて……(笑)。16年ぶりに帝劇に戻ってきたのですが、やっぱり今回も必死で…。毎回、出番の前は緊張のあまり、まるで無限に時があるような気持ちになるのに、終わると「あっ、もう終わったんだ」となる。無限と瞬間をいったりきたりするような、そんな不思議な感覚の中で毎日『レ・ミゼラブル』の世界を生きていました。でも、(帝劇公演の)中日を過ぎたあたりからでしょうか。少しずつ周りが見えてきてカーテンコールでパッと明るくなった劇場を見渡した時に、本当にすごい瞬間に立ち合わせていただいているというありがたみを感じていましたね。
――本当に凄みと人間味をあわせもった素晴らしいジャベールでした。
ありがとうございます。(日本版演出を務めた)クリスのディレクションは役に俳優をあわせていくのではなく、「トリプルキャストそれぞれのジャベール」を作り上げていこうとしてくださるんですね。「カズアキのジャベール」をやればいいのだと言ってくださり、無理をせずに役に入れたと思います。

写真提供/東宝演劇部
――とても自然な演技でしたね。
やはり、ああしよう、こうしよう、と作るのではなく、その場その場でジャベールという人間を生きないと、お客様に伝わらないなと。声についても、僕は最初は、ジャベールは強くて太い声というイメージがあったんです。でも、最初の船のシーンで、クリスから「このシーンでは、その声じゃなくてもいいんじゃない?」と言われて。ジャベールはヒールではないんだ、と。この作品で悪党はテナルディエだけ(笑)。ジャベールにも一人の人間としての彼の思いや信念がある。そういった男が作品の中で成長して、苦しみや葛藤を経てあのような結末を迎えるんだと。ジャベールは、実は純粋な男だと思うんです。そういった心…内面の奥底にあるものを大事にしていますね。声を作ろうと思えば作れるんですが、それまでのジャベールという男の心の過程を考えると、自然に声も出てくる。
――まさに一人の男の人生を数時間でみているような気持ちになります。結末を知っているはずなのに、ハラハラドキドキしてしまいました。
そうなんです! 毎回、始まる前にキャストみんなで円陣を組むんですが、その時にバルジャンが少ししゃべるんです。そこでは「予定調和にならないようにしよう」と。もちろんこれだけの有名な作品ですから、お客様もストーリーを知って観に来てくださっているんですが、それでも、お客様が集中して物語に入り込んだときに「次はどうなるんだろう?」と感じていただきたい。
――ジャベールはどういう人間だと思われますか。
僕にちょっと似ているなと思うんですが、不器用ですよね。不器用で、信念がある。バルジャンを追い詰めていく様子は、原作ではブルドックのようと表現されているんですが、僕自身は黒豹のようだと思っています。
――石井ジャベールの「ここを観てほしい!」というポイントはありますか?
そうですね…。ひとつあげるとすれば、捕まったジャベールが、バルジャンに逃がされるシーンでしょうか。あそこで、ジャベールが信じてきたものがすべて崩れるんですね。バルジャンを演じるお相手によっても間合いや呼吸が違ってくるので、そこがトリプルキャストの醍醐味だと思います。
――『レ・ミゼラブル』の稽古場は独特の雰囲気だと聞きますが、やはり最初に稽古に入るときに緊張感などはありましたでしょうか。
緊張感はすごかったですね! これだけのビッグカンパニーですし、初めての方も多い。でも、(バルジャン役の飯田)洋輔くんとふたりで歌稽古をする機会があって。実は、洋輔くんとは同い年なんです。学年は僕がひとつ上なのかな? 会った瞬間に、「この人とは気が合うな」と(笑)。そこから少しずつ緊張がほぐれていきましたね。

――心身ともにハードな作品ですが、何かパワーをもらっていることはありますか。
先輩からの言葉ですね。(石川)禅さんも自分の舞台を観にいらして「いいじゃん!」と声をかけてくださる。(テナルディエ役の駒田)一さんも、言葉ではないけれど、毎回自分が「Stars(星よ)」を歌い終えて袖にはけると、グッと親指をたててくださるんです(笑)。そういった自分が尊敬している方からの言葉は、ありがたいし、信じられる。ポジティブになれますよね。あと、若い世代の子たちのパフォーマンスからも、力をもらえます。
――温かいエピソードですね。お忙しい石井さんですが、何か仕事以外で息抜きはされていますか?
息抜きは…ないですね(笑)。仕事が一番楽しい!あえていうならば、仕事が終わった後にドトールでコーヒーを飲むことですかね…。ほかのお店のコーヒーが嫌いなわけではなくて、ドトールのアイスコーヒーが好き。冬でもアイスコーヒーです。新しい劇場にいくと、まず近くにドトールがあるかを探す(笑)。その場所その場所のお店で店員さんに顔を覚えられるくらい通っちゃうんです。
――お仕事=趣味なんですね!最近刺激や感動をもらったりしたことを教えてください。
韓国に行くと刺激を受けますね。辛いものが好きなので韓国料理が食べられるのもうれしいですし、現地でボイストレーニングを受けることもあるんですが、日本とはまた違った学びを得られます。韓国ではロングラン公演が多いので、いかに喉に負担をかけずに歌うかを重視している印象があります。最近感動したのは…スタジオ・ジブリの映画「ハウルの動く城」ですかね。改めて観まして、映像美やストーリーにとても感動しました。「天空の城ラピュタ」なども録画しているんですが、それも全部見返して…。その勢いでついついジブリストアに行ってしまいました(笑)。観た者を思わずジブリストアに行かせてしまう、この作品力たるや!
――再び『レ・ミゼラブル』に戻りますが、16年後にはジャベール役を演じることになる若き日のご自身に、何か言葉をかけるとしたら?
真面目に誠実に地道にやっていれば、未来につながる、ですかね。本当にあのときは技術的にも精神的にも未熟で、年も一番下でとにかく必死だったんですが。紆余曲折あって、今までいろんなお仕事をさせていただいてきて。根本的にやってきたことは間違っていなかったかな、と思います。

――「科捜研の女」の若手刑事・蒲原役も長く演じられてきますね。今回のジャベールも警察官で、他の作品でも刑事役を演じられています。刑事役をなぜ引き寄せるのだと思われますか?
心がキレイだからですかね(笑)?というのは冗談ですが、10年間刑事役を演じていると、やはり普段から「正義」について意識しますね。駅で1万円札を見つけても、ちゃんと駅員さんに渡したりとか……ペットボトルが道に落ちていたら拾ってゴミ箱に捨てるとか……。うん、それは人間として当たり前のことでしたね(笑)。でも、信念や正義という言葉は身近に感じますね。「科捜研」は、正義の名のもとに犯人を捕まえるわけですよ。やはり正義は美しいと視聴者に感じていただかなければならない。そう考えると、悪いことはできないです。
――これから何か挑戦されたいことはありますか。
時代劇をやってみたいですね。これまで、時代劇は2回ほど出演したことがあるのですが、すごく楽しかったんです。日本で役者をやっている意味って、日本の若い人や、世界に向けて、日本の歴史を伝えていくことかなと思っているんです。
――舞台と映像、どちらでも活躍されていますが……
ジャンルは違うけれど、やることは変わらないと思っています。ミュージカルでも、テレビや映画でも、俳優・石井一彰として、いろんなところに顔を出している奴だと思ってもらえるようになっていきたいですね。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
撮影/吉原朱美
ヘア&メイク/杉野智行
スタイリング/STYLIST 奥田ひろ子
石井一彰(Ishii Kazuaki)
東京都出身。学習院大学卒業、東宝ミュージカルアカデミー1期生。2007年ミュージカル『レ・ミゼラブル』でデビュー。15年に「科捜研の女」でテレビドラマ初レギュラー出演を果たすなど、舞台を中心にTVや映画などでも活躍中。近年の主な出演作に、舞台:『SMOKE』、『ダーウィン・ヤング 悪の起源』、『ラヴ・レターズ~2023 Spring Special~』、映画:「邪魚隊/ジャッコタイ」、「フレイル」、「科捜研の女 -劇場版-」、TV:「忍者に結婚は難しい」(CX)、「十三人の刺客」(NHK) 、「科捜研の女」シリーズ(EX)など。17年ぶりに『レ・ミゼラブル』に初のジャベール役で復帰。
Stage Information
ミュージカル『レ・ミゼラブル』

作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
原作:ヴィクトル・ユゴー
作詞:ハーバート・クレッツマー
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
翻訳:酒井洋子
訳詞:岩谷時子
製作:東宝
出演
ジャン・バルジャン:吉原光夫 / 佐藤隆紀 / 飯田洋輔
ジャベール:伊礼彼方 / 小野田龍之介 / 石井一彰
ファンテーヌ:昆夏美 / 生田絵梨花 / 木下晴香
エポニーヌ:屋比久知奈 / 清水美依紗 / ルミーナ
マリウス:三浦宏規 / 山田健登 / 中桐聖弥
コゼット:加藤梨里香 / 敷村珠夕 / 水江萌々子
テナルディエ:駒田一 / 斎藤司 / 六角精児 / 染谷洸太
マダム・テナルディエ:森公美子 / 樹里咲穂 / 谷口ゆうな
アンジョルラス:木内健人 / 小林唯 / 岩橋大
上演スケジュール
【東京】帝国劇場 2024年12月20日(金)初日~2025年2月7日(金)千穐楽
*プレビュー公演:2024年12月16日(月)~12月19日(木)
【大阪】梅田芸術劇場メインホール 2025年3月2日(日)~3月28日(金)
【福岡】博多座 2025年4月6日(日)~4月30日(水)
【長野】まつもと市民芸術館 5月9日(金)~5月15日(木)
【北海道】札幌文化芸術劇場hitaru 2025年5月25日(日)~6月2日(月)
【群馬】高崎芸術劇場 2025年6月12日(木)~6月16日(月)