日本でのミュージカル文化を切り拓いてきた劇団四季。そのひとつの到達点ともいえるのが5月6日から東京・竹芝のJR東日本四季劇場〔秋〕で上演中の『ゴースト&レディ』だ。
海外作品だけでなく、『バケモノの子』『ロボット・イン・ザ・ガーデン』など、数々のオリジナル作品を送り出してきた劇団四季が、このたび原作に選んだのは藤田和日郎の中編コミックス「黒博物館 ゴーストアンドレディ」(2014年~15年/講談社「モーニング」)。「白衣の天使」として知られるナイチンゲールと、劇場にすまうゴーストの不思議な絆を史実を織り交ぜながら描いた。
冒頭、緞帳の前にランプが置かれる。そこから鬼火が舞い上がり…一瞬にしてゴーストに!そこから先はカーテンコールまで一秒たりとも弛緩することがない、怒涛のエンターテインメント。劇場に足を踏み入れたら最後、「絶対に観客を満足させて帰らせる」という世界最大級の演劇集団たる劇団四季の確固たるプライドを感じる。
演出には、ミュージカル『ノートルダムの鐘』で劇団四季とタッグで組んだ世界的クリエイター、スコット・シュワルツを再び招いた。目まぐるしく変貌する舞台装置にイリュージョンやフライングなどをふんだんに盛り込んだけれんみたっぷりの仕掛けで、片時も舞台から目を逸らせない。
撮影/阿部章仁
物語は少し奇妙だ。ロンドンの老舗、ドルーリー・レーン劇場に〈灰色の男=グレイ〉とよばれるシアター・ゴースト(萩原隆匡/金本泰潤、この日は金本)が住んでいる。生前、腕利きの決闘代理人だったこのゴーストに「私を殺して」と依頼してくるのがフローレンス・ナイチンゲール(フロー)(谷原志音/真瀬はるか、この日は真瀬)だ。フローはクリミア戦争の野戦病院での看護に身を捧げようと決意しているが、家族や社会の猛反対にあい絶望していた。フローのまっすぐさにも引っ張られ、グレイは「いつかフローが絶望したときに殺す」と約束してしまうのだった。こうして、令嬢とゴーストの不思議な関係が始まる。
脚本と歌詞を手がけるのは手練れの高橋知伽江。原作に誠実に寄り添いつつ、知的で〝信じる〟という強い力を持つフローと、シニカルだが情に厚いゴーストのキャラクターを魅力的に舞台の上に表現した。シェイクスピアの有名なセリフを随所にちりばめ、知的な宝探しのような楽しみも。舞台と現実を緻密に組みあわせた構成は完璧の一言。物語序盤と終盤に繰り返されるあるナンバーには感涙必至だ。
アイリッシュやタンゴの旋律でアクセントを利かせた富貴晴美による音楽も耳を飽きさせることがない。特に、グレイの力を借りて家族の同意を取り付け、クリミアへと向かうフローらの決意のナンバー《走る雲を追いかけて》は、これぞミュージカル!という高揚感にあふれた名曲だった。
フローを敵視する軍医長官のジョン・ホール(瀧山久志/野中万寿夫、この日は野中)や、もう一人の謎のゴースト、デオン・ド・ボーモン(岡村美南/宮田愛、この日は宮田)の思惑も絡まり、第二幕はさらに見どころいっぱい。
主要キャスト陣はもちろん、アンサンブルのダンスの切れ味、音の分厚さもさすが劇団四季。これまで劇団四季と仕事をしてきた国内外の一流のクリエイターらの才能のぶつかり合いの果実を、鳴りやまないカーテンコールに見よ。日本から全世界に発信したい極上のエンターテインメントだ。
ちなみに、池上彰や佐久間康夫らの原稿まで入ったパンフレットもものすごい充実度。何から何まで手を抜かない。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
Stage Information
劇団四季オリジナルミュージカル『ゴースト&レディ』
原作:藤田和日郎「黒博物館 ゴーストアンドレディ」
(2014~2015年/講談社「モーニング」)
演出:スコット・シュワルツ
脚本・歌詞:高橋知伽江
作曲・編曲:富貴晴美
公演期間:2024年5月6日(月・祝)~11月11日(月)
会場:JR東日本四季劇場[秋](東京)