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COLUMN

【MICHIMARU劇評】70年代と現代を橋渡しした30周年の「ミス・サイゴン」

まずは、コロナ禍に海外クリエイターと共にこうした大型舞台を作ってくれたことに感謝したい。同公演は2年前、新型コロナのため全公演が中止となっており、今回も開幕が当初より遅れた。公演中にも体調不良者が出て休演を余儀なくされるなど、日本初演から30年の節目を祝うにはあまりに厳しい環境だった。

ただ、その内容は「30周年」にふさわしい。初演から演じ続けるレジェンド、市村正親のほか、駒田一、伊礼彼方、東山義久という4人のエンジニア、高畑充希、昆夏美、屋比久知奈というタイプの違う3人のキム、他の主要キャストもダブル、トリプルキャストで、さまざまな組み合わせが楽しめる。ミュージカルファンなら何度でも通いたくなる魅力的なキャスティングだ。このうち、伊礼、高畑、チョ・サンウン(クリス)の回と、市村、屋比久、海宝直人(同)の回を見た。ここでは、新キャスト、伊礼のエンジニアと、高畑のキムを中心に言及したい。

物語は1975年、ベトナム戦争末期のサイゴンが舞台。米兵相手のクラブを営むエンジニアを狂言回しに、クラブで働くベトナム人のキムと、客で訪れた米兵、クリスの恋とその悲劇的な結末が描かれる。
フランス人とベトナム人のハーフで、幼いころから売春の客引きをしてきたエンジニアの、根無し草のひょうひょうとした感じが強い市村と、いつかアメリカで豊かに暮らしたい、こんなところで終わってたまるか、と野心にあふれるぎらぎらした伊礼。伊礼はこれが帝国劇場初主演となったが、野性味あふれ、しぶとくも俗っぽい新たなエンジニア像を構築した。2幕の「アメリカン・ドリーム」では長い手足を生かし、アメリカへの夢をストレートに爆発させる。幅広い解釈が許される役だからこそのアプローチだ。日本プロダクションの演出、ジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイを始めとする制作陣が、役者の個性を受け止め、自由な発想で作品と向き合い続けているせいもあるだろう。

それは、ヒロインのキムにも言える。高畑のキムとチョのクリスの組み合わせは、特に燃え上がる「恋」の表現が強い。高畑は最後まで圧倒的な熱量で、短くも濃い1人の女性を演じきった。


キム/高畑充希(写真提供/東宝演劇部)

子供のころ、「ミス・サイゴン」の初演を見た。舞台にヘリコプターが出てくるらしい、1年半も上演するらしい、という期待の声と、アイドルの本田美奈子にミュージカルのヒロインが務まるのか、といった懐疑的な意見が交錯する中、期待にたがわぬ大がかりな舞台は、子供心にも衝撃的だった。

あれから30年。社会は大きく変わり、作中でのアジア人の描き方や、売春や女性蔑視の世界観には厳しい声も寄せられる。70年代を舞台にした物語である以上、当時の価値観や世相が描かれるのは当然だが、出演者も観客も若返る中、作品をどこまでアップデートするかは悩ましいところだ。

そのヒントにも感じられたのが、高畑のキムである。脚本のアラン・ブーブリル(歌詞も担当)とクロード=ミッシェル・シェーンベルク(原案、音楽も担当)は、いい暮らしをさせるためベトナムからアメリカへわが子を送り出そうとするベトナム人女性の写真を見て、本作の構想を得た。それゆえ、「ミス・サイゴン」は「母」の物語という印象が強い。実際に代表曲のひとつ、「命をあげよう」では、キムが我が子のためなら命をあげると歌っており、物語は歌詞をなぞるような展開で終幕する。

だが、高畑のキムからは、子を思う母の強さばかりでなく、そこに至る、恋に破れた女性の絶望が、よりクローズアップされて感じられた。自分の命さえ犠牲にして、ただただ子供の幸せを望む「母」を称賛することに現代の私たちがもつ違和感を、愛に生き、自らの恋と心中しようとするキムの姿を強調して埋めてみせたのだ。

初演から演じ続ける市村が身をもって30年を橋渡しする「ミス・サイゴン」だが、新たなメンバーもまた、物語の時代と現代の感覚を橋渡しし、本作が進化の過程にあることを証明した。30周年はまだ、夢の途中だろう。

31日まで、東京・帝国劇場。全国ツアー(大阪、愛知、長野、北海道、富山、福岡、静岡、埼玉)あり。

※ミュージカル「ミス・サイゴン」公式サイトはコチラ


道丸摩耶(みちまる まや)
産経新聞記者。文化部、SANKEI EXPRESSの演劇担当を経て、観劇がライフワークに。
幼少時代に劇団四季の「オペラ座の怪人」「CATS」を見て以来、ミュージカルを中心に観劇を続けてきたが、現在は社会派作品から2.5次元作品まで幅広く楽しむ。
舞台は総合芸術。「新たな才能」との出会いを求め、一度しかない瞬間を劇場で日々、体感中。

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