1960年にオフブロードウェイで初演されて以来、繰り返し上演されてきた名作ミュージカル『ファンタスティックス』が10月23日(日)、東京・有楽町のシアタークリエで開幕する。22日に行われたゲネプロの様子をレポートする。
同作は初演以降42年間にわたって上演され、ミュージカル最長上演記録を樹立した。日本では1967年に初演。今回は、ミュージカル『SPY×FAMILY』など話題作への出演が相次ぐ岡宮来夢を主演に迎え、装いも新たに上演される。
劇場に入ると、テントと回り舞台、客席にまで張り巡らされた旗やランプが出迎える。思わぬところからキャストが次々に登場する仕掛けは、サーカスのようだ。黒いハットをかぶった謎の人物(愛月ひかる)が登場人物を紹介し、物語の幕が開く。
マット/岡宮来夢
岡宮演じる主人公マットは19歳の学生。しかし、最近は勉強もそっちのけで、隣に住む少女・ルイーザ(豊原江理佳)への恋に「頭がどうにかなりそう」だ。いかにもひ弱そうな雰囲気だが、一声歌いだすと、その声量と柔らかく深い声質で一気に観客を惹き付ける。
ルイーザ/豊原江理佳
相手役の豊原も、夢見る少女をいきいきと演じる。自分は美しい、自分はお姫様そう思い込んでしまえる16歳という年齢独特の高揚感をカーンと響き渡る声で歌い上げる姿は、キラキラと輝くようだ。
けれど、2人の父親同士は犬猿の仲。2人を隔てるため、庭に壁まで立ててしまう。ロミオとジュリエットさながらに、壁越しに恋を語らうマットとルイーザ。ポラリス、木の葉、水…あらゆるものにルイーザを例えながら「君こそ愛、君こそすべて…!」と歌うナンバー「メタファー」は、序盤の見どころだ。
父親の反対にもめげず、夜の森の中でデートをする2人が歌う「もうすぐ雨が降る」。手をつなぎたい、でも触れられないもどかしさ。そしてふいに訪れるキスシーンは切なくなるほどに美しい。
そこへ、怪しい人影が襲い掛かる。へっぴり腰ながらも、ルイーザを守り見事に撃退するマット。2人の恋心は燃え上がり、見事ハッピーエンド、のはずだったが―。
実は、これはすべて2人の父親、ベロミー(今拓哉)とハックルビー(斎藤司・トレンディエンジェル)が仕掛けたもの。大の親友同士である2人は、子供たちを結婚させようと、あえて反対するふりを演じていたのだ。
ミュージカル界きっての実力派である今と、お笑い芸人でありながらも本格ミュージカル俳優として活躍中の斎藤。デュエット「ダメとは決して言うな」などの息のあったダンスと歌声は、茶目っ気たっぷりで、一緒に踊りだしたくなるような軽快さだ。
自然な流れで両家の和解を仕立てるために2人の父親が雇ったのが、流れ者のエル・ガヨ。冒頭の謎の人物は愛月演じる彼だったのだ。
エル・ガヨ/愛月ひかる
ルイーザをわざとエル・ガヨに誘拐させ、それをマットが救うことによって2人はめでたく結婚…という筋書きだ。
宝塚歌劇退団後、初のミュージカル出演となる愛月は、けれんみたっぷりに“悪いオトコ”の魅力を演じてみせる。ナンバー「何を払うか次第か」のフラメンコ風のダンスや、指をパチンと鳴らすシーンのかっこよさはさすが。
見逃せないのが、エル・ガヨが誘拐劇のために雇った旅芸人、ヘンリー(青山達三)とモンティマー(山根良顕・アンガールズ)。ミュージカル初出演の山根は、肩の力を抜いた演技で、出番ごとにきっちりと笑いをとっていく。青山も熟練ならではの存在感で、退場シーンでは思わず客席から拍手が送られていた。
左から)モンティマー/山根良顕、マット/岡宮、ヘンリー/青山達三
2幕からの展開は、苦さを感じさせる。初めて親公認の仲となり、夜ではなく、太陽の光のもと会うマットとルイーザ。「あれ、もっと背が高いと思ってたのに…」。ふとした瞬間に恋がさっと醒める瞬間はやけにリアルだ。
さらに、森の中の格闘が、すべて父親たちが仕組んだことだったことを知り、マットとルイーザは現実のみじめさに打ち砕かれる。マットはエル・ガヨに促されされて旅に出る。決意を歌い上げる「俺には見える」は、ひ弱だった青年が、大人への一歩を踏み出す瞬間を岡宮の力量で力強く見せる。
豊原も豊原で、超絶技巧。残されたルイーザが、エル・ガヨに導かれて知らない世界を見せられるシーンでは、くるくると回りながら超ソプラノで歌い続け、その迫力に息をするのも忘れるほど。
そして、旅を終えたマット。再び向き合ったマットとルイーザは何を語るのか―。
若さの愚かしさ、無力さ。夜に見た夢が、太陽の光によって打ち砕かれる残酷さ。誰しもがその苦さを知るゆえに、ラストシーンにはしみじみとした感動が訪れる。この作品がこんなにも長く愛されてきた理由が分かるはずだ。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
Stage Information
ミュージカル『ファンタスティックス』
台本・詞:トム・ジョーンズ
音楽:ハーヴィー・シュミット
翻訳・訳詞・演出:上田一豪
製作:東宝
出演:岡宮来夢、豊原江理佳、今拓哉、斎藤司(トレンディエンジェル)、植田崇幸、青山達三、山根良顕(アンガールズ)/愛月ひかる
会場:日比谷シアタークリエ
日程:2022年10月23日(日)〜11月14日(月)