放送中のNHK連続テレビ小説『らんまん』で、元薩摩藩の実業家、高藤雅修を演じる俳優の伊礼彼方さん。初の朝ドラ出演ながら、ヒロイン・浜辺美波さん演じる西村寿恵子に目を奪われる「二度見の男」として、初登場から話題をさらいました。2019年、『レ・ミゼラブル』のジャベール役に抜擢され、昨年は『ミス・サイゴン』でエンジニア役(市村正親さん、駒田一さん、東山義久さんとのクワトロキャスト)を射止めるなど、次々と活躍の場を広げる伊礼さんに、朝ドラの反響や今後の目標などを聞きました。
――初登場からいきなりトレンドに上がるなど、高藤の二度見は話題でした
ありがたいですね。別に僕は二度見が得意なわけじゃないんですが(笑)、実は舞台でも、例えばジャベールは二度見をしたりしています。でも、舞台だと大写しされないし、効果音も鳴らないわけです。テレビだとこういうおもしろい芝居ができるんだ、と舞台ではなかなか伝わらない表現を伝えるおもしろさを感じました。
――朝ドラ出演が決まったときは嬉しかったですか?
もちろん嬉しかったです。朝ドラに出られるなんて思っていなかったし、本当にいい経験をさせていただきました。ファンの方もびっくりしていましたね。意外な反応では、『ミュージカル テニスの王子様』を昔、見てくれた方でしょうか。「佐伯虎次郎がイケオジになってる!」みたいな声を聞きました。2.5次元舞台は見るけれど、帝劇(帝国劇場)は見ないという人も結構いるので、成長した姿を見せられて嬉しいです。舞台で大きな役をいただいても全国的な知名度が上がるわけじゃないので、僕のことを知らない人の方が断然多い。放送は全国ですし、このチャンスを次につなげていければと思います。
――どういう経緯で出演が決まったんですか
舞台を多く経験させてもらう中で、数年前から舞台の表現の幅が限られることに限界を感じることがあり、もっと細かい芝居を突き詰めるとなると映像なのかな、と映像をやってみたい思いがありました。といっても、スケジュールも埋まっているし、映像関係にコネクションがあるわけでもない。そんなとき、たまたまミュージカル『グランドホテル』(2016年)を見てくださっていた方が『らんまん』のスタッフにいらして、伊礼がこの役(高藤)にピッタリなんじゃないかと思い出してくださったんです。それがまさか監督だったんです!
――舞台をやっていてよかった!
その通りです。僕は毎公演、毎公演がオーディションだと思って板(舞台)の上に立っているんですけど、本当につながっていくんですよね。板の上での伊礼を見てもらって、それが違う仕事につながっていく。だから、若手にも言ってるんですよ。「審査会場だけがオーディションじゃない。本番が本当のオーディションだ」って。舞台にはいろんな方が見に来るから、一番のアピールの場なんです。でも、私が私が、俺が俺がとアピールしちゃうと舞台が崩壊する。あくまでも舞台の中でいい仕事をする。相手を立てる芝居をすれば、必ず自分が引き立つタイミングがくる。僕はそういうことを大事にしています。
――どの辺が高藤にピッタリだと思われたんでしょうか
『らんまん』の舞台は、日本が西洋風に変わっていく時代なので、女性のスキンシップに慣れているイメージの人を、という希望があったんだと思います。伊礼だったら、ダンスや西洋風の芝居も得意だろうと思ってくれたんでしょう。舞台でも高貴な役が多いですし(笑)。
――映像と舞台の違いを感じることはありましたか
一番は、まばたきが多かったことですね(笑)。迷う芝居としてまばたきを入れたんですが、距離がある舞台では気にならないことが、映像で抜かれるとやりすぎになる。最初はそこまで計算しきれていませんでした。気づいてからは抑えめにしましたが、顔の表情や小さい筋肉の動き、呼吸なんかも、すべてが大事な表現のひとつ。舞台では大きく動くし、今回もそういう芝居が求められてはいたんですが、ここまでやると大きい、逆に小さ過ぎたな、と調整しながらやりました。課題は残りましたが、自分がやりたい細かい表現ができて、めちゃめちゃ楽しかった。映像をやりたいという思いがさらに強くなりました。
――薩摩弁も自然で驚きました
薩摩弁は大変でしたね。1ヶ月、呪文のように唱え続けていました(笑)。ただ、ミュージカル出身の俳優は耳がいいのか覚えが早いようで、方言指導の先生が台本に譜面のように上がる、下がる、の印をつけてくださり、ひたすら復唱しながら覚えました。衣装を着て、髪型を整えてと、どんどんその人物が形作られていく中で、イントネーションが違うと、言葉を発した時点で役作りができる。それだけでなり切れる感じがするのは面白い発見でした。
――伊礼さんの役者人生にとって、高藤役は大きな転換点になりそうですね
ジャベール、エンジニア、と来て、高藤に出会った今、自分の気持ちにも少し変化がありました。昔、バンドをやっていた時は自分が商品だったので、自分を打ち出していこうという気持ちがありましたが、本格的に役者をやってからは、そういう気持ちになることはなかったんですよ。役者というのは裏方で、表に出るのはあくまで「役」。自分を出す必要はないと思っていました。ところがここ数年、自分を出したいという欲が出てきた。年をとって経験を積み重ねる中で、今だったら自分を出しても間違った方向にはいかないと自信が持てるようになったのかもしれません。役者も、裏方だけでなく、アーティストになれる。伊礼彼方として生きていける生き方もあるんだと、高藤役を通じて感じました。これからは、新しい風を吹かせるのが課題ですね。映像にも舞台にも出て、知名度もあって、カンパニーを引っ張っていけるような存在になりたいです。
――高藤役で注目された後は、『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』に出演されます。
主役2人の愛がテーマですが、ただ物語を伝えるのではなく、ショーとしての魅力が大きい作品です。舞台セットもものすごい華やかで圧倒されますよ。日本初演ですし、帝劇に入った瞬間に、テーマパークに来た気分になるんじゃないかと思います。僕はあまりショーのような作品には出ないんですが、『キングアーサー』、今作と続いてますね。ショーの要素が強い作品はやはりお客さんも喜んでくれるし、歌唱も芝居歌ではなく、ロックやポップスの歌唱に近いクオリティが求められます。クラシカルな歌唱では成立しない作品なので、キャストは皆、ライブリハを行うアーティストのようなテンションでお稽古しています。
――日本初演ですから、デューク役の日本のオリジナルキャストですね。
僕は自分からやりたい役というより、制作側が「伊礼にやらせたい」と思ってくれる役を全力で演じたいタイプ。『ムーラン・ルージュ!』も、プロデューサーが海外で見たときに、「デューク役は伊礼くんだ」と思ってくださったようです。映画を見たら全然印象に残ってなかったので断ろうと思ったら(笑)、「映画と違っておいしい役だから」と言われまして…(笑)。なんといっても、思い出して声をかけてくださるのが嬉しいし、ありがたいですから、期待に応えたいし、期待以上のものを届けたいと思います。
――最後に、朝ドラ出演を果たした今、次の夢を教えてください
大河ドラマに出たいですね。いつか出たいと前から思っていましたが、今回の朝ドラの仕事を見ていただいて、「こいつ、使えるな」と思ってくださる人がいたらありがたいです。大きな道は自分で決めたいタイプなので、映像をやっていきたいという大きな希望はありますが、僕はこの作品がいい、この監督、この脚本家の作品に出たい、というのはあまりないんですよ。あえていうなら、まだやった事ない父親役とか、殺人鬼とか、気が狂った人間の芝居もしてみたいと思います。一癖、二癖ある人間を演じたいんですよ。舞台だとそういう役が少なそうですが、映像ではどうでしょう? どこまで実現できるか分かりませんが、この仕事は自分で自分を売っていくしかないので、やはり毎公演がオーディションです。
取材・文/道丸摩耶(産経新聞社)
撮影/萩原悠久人(産経新聞社)
ヘア&メイク/元木美紗
伊礼彼方(Irei Kanata)
1982年、沖縄出身の父とチリ出身の母との間に生まれ、幼少期をアルゼンチンで過ごす。
2006年ミュージカル『テニスの王子様』で舞台デビュー。2008年『エリザベート』ルドルフ役に抜擢され、以降、ジャンルを問わず多数のミュージカル、ストレートプレイ等で多彩な役柄を演じ幅広く活躍中。
主なミュージカル出演作に『スリル・ミー』『グランドホテル』『王家の紋章』『ビューティフル』『ジャージー・ボーイズ』『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』など。
2019年には藤井隆のプロデュースでミュージカル・カバーアルバム「Elegante」を発表。
2023年1月~3月ミュージカル『キングアーサー』に出演、6月~8月帝国劇場『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』に出演する。
Stage Information
連続テレビ小説「らんまん」
NHK総合 月~金 午前8時~ ほか
写真提供:NHK
春らんまんの明治の世を 天真らんまんに駆け抜けた―
ある天才植物学者の物語
連続テレビ小説108作目『らんまん』は高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルとしたオリジナルストーリー。その喜びと発見に満ちた生命力あふれる人生を、美しい草花の情景とともに描き、日本の朝に癒やしと感動のひとときをお届けします。
時代は幕末から明治、そして激動の大正・昭和へ ―
そんな混乱の時代の渦中で、愛する植物のために一途に情熱的に突き進んだ主人公・槙野万太郎(神木隆之介)とその妻・寿恵子(浜辺美波)の波乱万丈な生涯を描きます。
Stage Information
『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』
サティーン:望海風斗/平原綾香
クリスチャン:井上芳雄/甲斐翔真
ハロルド・ジドラー:橋本さとし/松村雄基
トゥールーズ=ロートレック:上野哲也/上川一哉
デューク(モンロス公爵):伊礼彼方/K
サンティアゴ:中井智彦/中河内雅貴
ニニ:加賀 楓/藤森蓮華 ほか
※各役Wキャスト/50音順
公演日程:2023年6月24日(土)〜8月31日(木)
会場:帝国劇場
Story
舞台は1899年、パリのナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」。退廃の美と、たぐいまれなる絢爛豪華なショー、ボヘミアンや貴族、遊び人やごろつき達の世界。
アメリカ人作家クリスチャンと、「ムーラン・ルージュ」の花形スター、サティーンは激しい恋に落ちるが、クラブのオーナー兼興行主のハロルド・ジドラーの手引きで、彼女のパトロンとなった裕福な貴族 デューク(モンロス公爵)が二人を引き裂く。
公爵は望むものすべて、サティーンさえも金で買えると考える男だった。クリスチャンはボヘミアンの友人たち―― 才能にあふれた、その日暮らしの画家トゥールーズ=ロートレックやパリ随一のタンゴダンサー、サンティアゴとともに、華やかなミュージカルショーを舞台にかけ、ムーラン・ルージュを窮地から救い、サティーンの心をつかもうとする。
※公式HPより引用