配信イベント「海宝直人のSmile Session」でマチ★ソワ読者にもおなじみのミュージカル俳優、海宝直人さんが今月、デビュー25周年を記念したアルバム「Break a leg!」を発売した。オーケストラの音色に合わせ、珠玉のミュージカルの名曲を表現力あふれる歌唱で歌いこなし、まさに25年の経験と充実ぶりが伝わってくる1枚だ。来年1月には世界初演となるミュージカル『イリュージョニスト』に主演する海宝さんに、CDや新作ミュージカルについて聞いた。
「自分だけソロがない」アンサンブル時代
――アルバムタイトル「Break a leg!」に込めた思いと、収録された11曲(ボーナストラック含む)を選んだ理由を教えてください
「Break a leg!」というのは、舞台に出る前に「グッドラック!」という意味でかける言葉です。新型コロナウイルスの流行は、表現者に否応なく影響を与えました。コロナ前と後では、どうしたって表現は変わらざるを得ないですから。でも、こんな時代だからこそ、元気づける掛け声、勇気づける掛け声は必要だと思うし、単純に響きもいいですよね(笑)。ミュージカルやショーの曲を集めたアルバムのタイトルとして、非常にしっくりくる気がします。皆に寄り添って、思いを共有し、少しでも元気になってもらえたらという思いから、このタイトルにしました。
選曲も同じコンセプトです。候補の曲は大量にあったんですが、その中から、歌いたい曲というのはもちろんですが、それ以上に、いま届けたい曲を選んだつもりです。皆さんよくご存じの『ウエスト・サイド・ストーリー』『ジーザス・クライスト=スーパースター』などからの曲もありますが、日本であまり知られていないけれどすばらしい楽曲も入っています。ぼくはコンサートでも日本でまだ上演されていない作品の曲を歌ったりしますが、このアルバムからも、そうした曲を知ってもらえる機会になったら光栄です。
――いろいろなタイプの曲が入っていますが、曲によって声も随分違いますね
意識して変えようとはしていないので、単純にミュージカルというものが持つ幅の広さが反映されたのかもしれません。最近のミュージカルの歌は、クラシカルなものだけでなく、ロックやジャズ、ラップまで幅広いですから。作品によって求められるものが変わってくるので、表現や声の引き出しを増やしたいと考えています。
声の引き出しと言えば、先日の「(海宝直人の)Smile Session」にゲストをしてくださった山寺宏一さんはすごかったですね。山寺さんの飽くなき探求心と、引き出しを増やそうと日々努力されている姿には、ぼくもそうありたいと思いました。
――ボーナストラックにはなんと、ミュージカル『ライオンキング』から「早く王様になりたい」が入っています。ヤングシンバの歌を同じキーで歌うとは、驚きです。
当初はアレクサンドラ・バークさんとのデュエット「Suddenly,Seymour」がボーナストラックに入る予定でした。ところが、本編に入れる予定の1曲が権利の問題から入れられなくなってしまった。そこで、「Suddenly,Seymour」を本編に戻し、新たにボーナストラックとして、ぼくの方から「早く王様になりたい」のアイデアを出しました。
やるからには、当時のキーじゃないと意味がないと思っていました。当時のキーで、当時ヤングナラ役だったEmaさんと歌うことに価値があると。もし、お手元に旧盤の『ライオンキング』のCDがあったら、聴き比べていただけたら(笑)。同じキーだからこそ、声変わりってこんな感じなのか、と楽しめると思います。村井成仁さんのザズ、亮平(音楽監督を務めた森亮平さん)のアレンジと、東佳樹さんのパーカッションも最高です。
――アルバムはデビュー25周年記念ですが、25年前のデビュー当時から、ミュージカルで活躍しようと考えていたのでしょうか?
子役時代は何も考えていなかったです(笑)。「将来の夢は?」と聞かれて「ミュージカルスター」と答えたことはあったかもしれないけれど、ミュージカルで生きていく、なんてことを小学生は意識しないですよね。でも、歌を好きな気持ちは子供のときからずっと変わらずに続いています。いつかプリンシパルになりたいという思いも、ずっとありました。
この道で行こうと考えたのは19〜20歳くらい、『ミス・サイゴン』(2008年)に出演したころです。これからはこれを仕事にしていこう、エンターテインメントの世界で生きていこうと思い始めました。
――そこからは、順風満帆でしたか?
そんなことは全然ないです。2015年の『レ・ミゼラブル』でマリウスを演じるまでは、悔しい思いばかりでした。マリウス役をやりたい、ミュージカルで歌いたい、という思いがあるのに、なかなかそれがかなわない。オーディションに受からなかったり、身もふたもないことを人から言われたり…。「なにくそ!」と思ったし、諦めないといけないのかなと思ったことも何度もありました。ターニングポイントになったのが、レ・ミゼラブルのマリウス役でした。
それまでもミュージカル『ファントム』(2010年)など、いくつかの舞台で役をやらせていただきましたが、ソロ歌唱がない役がほとんどだったんです。アンサンブルで参加した2008年の『ミス・サイゴン』も、ぼく以外のアンサンブルには小さなソロがあったのに、ぼくだけがなかった。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2014年)にしても、『フル・モンティ』(同)にしても、役はいただきましたが、歌がなかった。歌いたい、ぼくの歌を聴いてほしい、という思いはなかなかかなわなかったんです。
春馬さんの思いも一緒に
――それが今や、多くの舞台で大役を演じ、来年1月には新作ミュージカル『イリュージョニスト』が幕を開けます。三浦春馬さんからアイゼンハイム役を引き継ぎましたね。
春馬さんと初めてお会いしたのは、第24回読売演劇大賞の授賞式(2017年2月)でした。ぼくは『ジャージー・ボーイズ』のパフォーマンスのため会場にいて、『キンキーブーツ』のローラ役で杉村春子賞を受賞した春馬さんとトイレですれ違ったんです。知り合いから、ぼくが当時出演していた劇団四季のミュージカル『ノートルダムの鐘』(カジモド役)を春馬さんが「見たい」とおっしゃってくださっていたと聞いていたので、「もしよろしかったら、チケットをお取りします」と話しました。そうしたら、「実をいうともう見たんです」と春馬さんがおっしゃって、感想もいただいて…。「ぜひ、ご一緒したいですね」と話して、それ以降、お互いの舞台を観に行ったり、春馬さんとも仲が良いスタッフを通じて感想を伝えたりと、つながりがありました。ですから今回、ようやく春馬さんとがっつりお芝居ができるのを、すごく楽しみにしていました。
昨年、ワークショップで久々にお会いして、現場では初めてご一緒することができて、とても刺激的で、いい作品になると確信しました。それがかなわなかったのはとても残念で、悲しいです。
――春馬さんの役を引き継ぐことには、葛藤もあったのではないでしょうか
本当に悩みました。プロデューサーの方と話し合ったときも、最初は「このまま予定通りに上演するのは厳しいんじゃないか」という話になりました。コンサート形式にするとか、このキャストで別のことをやり数年後に仕切り直すとか、いくつか案は出ました。数回の話し合いの最後に演出のトム・サザーランドさんとZOOMでお話しをさせていただき、そのときにトムさんが迷いなく、「この作品をやる」とおっしゃったんです。「コンサートという形は考えていない。世界初演のプレミアになるこの作品をちゃんとした形で届けたい」と、演出家としての強い意思を示された。「もし(アイゼンハイム役を)受けてくれたら、本当にうれしい」とも言っていただきました。
海外クリエーターの皆さんがコロナ禍の中でもあきらめず、魂を込めて練り上げてきたことも、この作品のすばらしさも理解していましたし、ワークショップでオリジナル作品が組みあがっていく興奮や喜びを、春馬さんからも感じていました。
3月に、(春馬さんが出ていた)『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』東京公演の千秋楽を観に行ったとき、春馬さんは舞台あいさつで、「この後の地方公演は、もしかしたらなくなるかもしれません」と悔しさをにじませていらした。実際に、旅公演はなくなってしまいました。春馬さんのあいさつからは、エンターテインメントへの強い思いや愛情が伝わってきて、客席で涙が止まらなかったんです。
ワークショップでも、春馬さんの愛はびしびしと感じていました。それならば、中止するのでなく、できる限りいい形で作品をお客さまにお見せすることが、春馬さんの思いでもあるんじゃないかと思いました。不安もありますが、自分にできることなら、やれるだけやってみるべきだと思ってお受けしました。
――演じる役が変わったことで、心掛けることはありますか
さまざまな経緯はありましたが、やるべきことは変わらないですし、何よりも演出のトムさんのスタンスが、何も変わっていない。日本初演の作品を作って、お客さまに届ける。それだけです。もちろん、カンパニー一丸となって春馬さんの思いも一緒に作品を作りますが、今までとやることは変わらないかなと思っています。余計なことを考えず、作品に誠実に向き合っていこうというのが今の思いです。
――激動の令和2年が終わろうとしています。読者へのメッセージと来年の抱負をお願いします
今年は、コロナ禍でほとんど舞台に立てない1年でした。その分、コンサートをやらせていただき、自分を見つめ直す機会となりました。そういう意味では貴重な1年でしたし、そこから得た経験や思いは、「Break a leg!」にギュッと詰めました。今の自分自身だと思えるアルバムになっているので、ぜひ聴いていただけたらと思います。
来年は『イリュージョニスト』から始まって、『アリージャンス』『王家の紋章』とバリエーションに富んだ作品で、バラエティに富んだキャラクターを演じさせていただきます。『アリージャンス』も非常に難しい作品で、共演の濱田めぐみさんやクリエイティブスタッフとのディスカッションを重ねながら、どういう作品に仕上げていくかを話し合っています。チャレンジしがいのある作品ですし、日本のお客さまに見ていただきたいです。頑張りますので、ぜひ、楽しみにしていてください!
取材・文/道丸摩耶(産経新聞)
撮影/吉原朱美
海宝直人(Kaiho Naoto)
1988年7月4日生まれ。千葉県出身。7歳の時、劇団四季のオーディションを受け合格。同年『美と野獣』のチップ役で舞台デビュー。1999年『ライオンキング』初代ヤングシンバ役に抜擢され、同役を3年間つとめる。近年ではミュージカル『レ・ミゼラブル』マリウス役、劇団四季『アラジン』主演アラジン役、そして『ライオンキング』主公シンバ役として16年ぶりに同作品へ出演。役ヤングシンバが成後リアルにシンバ役として出演するのは初めてのことできな話題となった。 その他『ジャージー・ボーイズ』ボブ・ゴーディオ役、『ノートルダムの鐘』主演カジモド役、『アナスタシア』ディミトリ役など、役時代から培われた確かな演技がい評価を得ている。2018年5にはロンドン・ピーコックシアターで開幕した「TRIOPER AS」メインキャストとしてウェストエンド舞台デビューを果たすなど活動の場を海外に広げている。 2012年に始動したロックバンド「シアノタイプ」のライブ活動では、ヴォーカリストとしての新たな魅によりファン層を拡中。2018年1にはメジャーデビューを果たしさらに活動を活発化させている。ソロシンガーとしても2019年1にウォルト・ディズニー・レコードよりメジャーデビューを果たす。素直で誠実な柄をあらわすかのような、伸びのある歌唱にジャンルを超えて魅了されるファンも多い。
information
海宝直人 舞台芸能活動25周年記念
New アルバム『Break a leg!』
<収録曲>
1. Something’s Coming
2. I’m Alive
3. Anthem
4. 道化をよこして
5. Run away with me
6. Gethsemane
7. Suddenly, Seymour duet with Alexandra Burke
8. Defying Gravity ~ 自由を求めて
9. Cold Enough to Snow
10. Sheridan Square
11. 早く王様になりたい duet with Ema, w/Naruhito Murai (I Just Can’t Wait to Be King)