麻実れいさんが令和2年秋の叙勲で、
大きな何かがいつも私を支えてくれています
――旭日小綬章受章、おめでとうございます。初舞台以来50年間、たゆみない歩みを続けられたことが今の麻実さんを形作っているのだなと感じます。
自分の中では50年も続けてこられたというのは、想像を絶することなんです。芸術選奨文部科学大臣賞(2004年)、紫綬褒章(2006年)そして今回の旭日小綬章といただきました。その一つ一つに勇気をいただいています。私が出演している作品は、シリアスな題材のものや暗い内容のものも多いものですから。それでも観てくださる方がいらっしゃるというのが、とても嬉しいです。50年間、歩き続けてきてよかったなと思います。とても幸せでした。
――麻実さんは宝塚歌劇団で初舞台を踏まれ、男役トップスターとして数々の名作に出演。『ベルサイユのばら』のアンドレ、『風と共に去りぬ』のレット・バトラー、そして『うたかたの恋』のルドルフ皇太子での名演技は今も観客の心に深く刻み込まれています。そして、退団後は女優に転身。宝塚退団後はミュージカル出演を主とする方が多い中で、海外戯曲や三島由紀夫作品などストレートプレイで優れた演技力を発揮されています。
私の出発点は宝塚歌劇団。はじめはまったく宝塚を知らなかった私が姉の勧めで入って、そこから宝塚がとても好きになりました。伝統ある宝塚の男役の美学を追求したいと思って、頑張っていたんです。少女期の後半から人生の一番良い時期を宝塚で過ごしました。そして、自分の中で何かがつかめたと思ったときに、退団させていただいたんです。退団を決めたとき、先のことはまったく考えていませんでした。あるプロデューサーが引っ張ってくださったおかげでミュージカル『シカゴ』に出演することになり、新たなレールの上を走り出したんです。
――ここまで歩んできた中で、麻実さんの力となったものは?
作品に恵まれ、スタッフやカンパニーなど人に恵まれ、お客様に恵まれ、いつでも支えていただけている。そして、亡くなった天国の家族たちや、今も健在の姉が後押ししてくれています。(実家の氏神様である、神田)明神さんのおかげと思って、事あるごとに「ありがとうございました」と手を合わせにいくんです。でも、自分がここまでやってこられたのが本当に不思議でしょうがないの。大きな何かがいつも自分を支えてくれているなと思うんです。
――最近の麻実さんの舞台でいうと、22年ぶりのミュージカル出演となった『アナスタシア』(2020年3月)。新型コロナウイルスの影響で初日が延期・期間短縮になりました。私は初日に拝見しましたが、入場時の消毒や検温など今までにない様子に緊張感が走ったんです。でも、幕が開いて麻実さんが舞台に登場した途端、観客全員の心を掴んで作品の世界へと飛び立たせてくれた。演劇とはなんと豊かなものだろうかと、麻実さんの演技を観て感じました。
そう言っていただけて嬉しいですね。いただいたお役がロシアのマリア皇太后ですから、登場した瞬間に豊かだったロシアに皆様を連れていかないといけないんです。それには気を使いましたが、あとは脚本もよかったし、全楽曲が素晴らしかったので、演じることに専念していればよかった。終幕を迎えてカーテンコールでご挨拶するとき、お客様の嬉しそうな、楽しそうなご様子を感じて、よかったなと思いましたね。
『アナスタシア』は小さいお子さんから大人の方まで、どんな方でも楽しめる作品ですし、出演している私たちが幸せになれる作品。いつか再演して皆様に観ていただけたらと思います。
――華やかな『アナスタシア』とは対照的な作品ですが、シアタートラムの小空間で演じられた『炎 アンサンディ』(2014年、2017年)。内戦を背景とした家族をめぐる物語で、麻実さん演じるナワルの生涯が衝撃的でした。過酷な運命の中でも、ナワルが残した家族への愛情に強く胸を打たれました。
『炎 アンサンディ』は良かったですよね。再演になったとき、(演出の)上村(聡史)さんが「ターコさん、台詞が増えます」と言われて、最初は「いやです」と言ったんです(笑)。延々と一人で喋ったあとに増えるというのでね。でも「どんな台詞?」と聞いたら、詩のような台詞がついていた。「やっぱり、やります」と言って(笑)。
でも、演じるのはすごく辛かった。捕虜となったあとのナワルは本当に過酷な目に遭うけれど、それはきちんと伝えないといけない。ただ、あまりにも辛くて「舞台に立ったら泣かないから、今日だけは泣かせて」と言って滂沱の涙を流したんです。
――難しい役に挑戦するとき、何が原動力になっていますか?
私はややこしい性格なので、難しいお役の方が戦いやすいんです。ごく普通の家族の何気ない話というのは私は苦手で、自分を痛めつけるような役の方が好き。普段はのんびりしていますが、芝居では戦って、戦っていきたいと思う。だから、深く豊かな作品のお話をいただくと、すぐに「お受けします」と言うんです。『炎 アンサンディ』はワジディ・ムワワドの“約束の血4部作”のうちの第2作ですが、第3作の『森』が上演されることになったら、ぜひ出演したいと思いますね。
宝塚の後輩には「焦らないで」と伝えたい
――今後、挑戦したいと思うジャンルはありますか?
映画は『十五才・学校IV』(2000年)に出演させていただいて、おかげさまで日本アカデミー賞 優秀助演女優賞をいただきました。また、NHKのドラマ(『火怨・北の英雄 アテルイ伝』2013年)にも出演が叶いました。とても深い内容の作品で、そういうものにまた参加できればと思います。
宝塚在団中も宝塚卒業後も、水の流れに身をゆだねるように流されているんですね。木の葉が引っかかったように止まって、しばらくすると水の流れにのって動いていく……そういうのがずっと繰り返されている気がします。「何がしたい」とかそういう強い思いではなくて。そのかわり、やるからにはとことん取り組みたいと思うんです。
――宝塚歌劇団を退団されて、芸能界で活躍されているOGの方はたくさんいらっしゃいますが、お話を伺うと皆さん「尊敬する方は麻実さん」「麻実さんが憧れ」とおっしゃるんです。
そう言っていただけるなら、大変嬉しいことです。私の所属事務所は梅田芸術劇場ですが、当初は宝塚企画という名前で、私が所属第一号でした。宝塚の卒業生の何か道しるべになったらいいなという思いでした。トップスターになってから卒業すると、ちょうど難しい年頃なんですよね。そこを乗り越えて、活躍する場が広がっていったらと思いますね。
――麻実さんから宝塚の後輩たちにメッセージを言っていただくとしたら、何をお伝えしたいですか?
宝塚は、外の世界とは違う独特の世界。皆さん、とても運動量が多いと思うので、ただただ身体だけは大切にと思います。宝塚の生徒でいる期間を楽しんでいれば、卒業しても素晴らしいことが待っているということを伝えたいですね。
宝塚在団中は常時舞台があるけれど、卒業後はそうはいかない。私自身は宝塚を卒業したあと、ミュージカル『シカゴ』のヴェルマ・ケリーと、『マクベス』のレディ・マクベスを演じさせていただきましたが、実は、宝塚を卒業して演劇活動に入るのであれば大部屋から始めたいと思っていたんですね。「私は宝塚のトップだから」なんて言っていたら、絶対駄目なんです。トップで卒業しても、ゼロから始めるだけの勇気を持って歩いてほしいなと思いますね。
宝塚歌劇のお客様は、華やかな世界を観ていらっしゃるから、「なんで華やかなものをやらないの?」とおっしゃるかもしれない。でも、そこで焦らないで、自分らしく道を見つけて歩いていったらいいと思います。「焦ってはいけない」と伝えたいですね。
取材・文/大原 薫(演劇ライター)
撮影/吉原朱美
麻実れい(Rei Asami)
1970年宝塚歌劇団に入団。雪組トップスターとして活躍し、85年退団。以降、ミュージカル、古典、翻訳劇など多くの話題作に出演、『オイディプス王』『AOI/KOMACHI』など海外公演も多数。第54回芸術選奨文部科学大臣賞(04)、読売演劇大賞最優秀女優賞(96、11)、朝日舞台芸術賞(06)、紀伊國屋演劇賞個人賞(01)、菊田一夫演劇賞大賞受章(17)、紫綬褒章受章(06)など受章多数。2020年の今年が、芸能生活50周年となる。
主な出演舞台に『ハムレット』『二十世紀』『サラ』『トップ・ガールズ』『サド侯爵夫人』『夏の夜の夢』『おそるべき親たち』『炎・アンサンディ』『8月の家族たち August Osage County』『罪と罰』など。今年ではミュージカル『アナスタシア』(20)、『MISHIMA2020』近代能楽集より『班女』(20)の2作がある。
Stage Information
三島由紀夫没後50周年企画『MSHIMA2020』追加アンコール配信
9月に日生劇場にて上演した『MISHIMA2020』で麻実れいが主演を務めた「班女」の舞台映像を、三島由紀夫の命日となる11月25日に合わせてアンコール配信。
配信期間:2020年11月25日(水)00:00〜12月8日(火)23:59
『麻実れい芸能生活50周年記念コンサート』 三重奏Rei Asami Trio
日時:2021年3月30日(火)14時・18時
会場:銀座ヤマハホール