客席が揺れていた。地震かと一瞬身構えて、満場の観客たちが全身でリズムを取りながら手拍子を鳴らしているからだと気づいた。
≪さあ、声を出せ!≫
本作を代表するナンバーのタイトルにして、作中一貫して謳われるのがこのメッセージ。自分も手拍子の一員となりながら思う。そうだ。マスクをしていても、声を出せなくても、心は歌えるのだ。
11月13日に東急シアターブで開幕したミュージカル『天使にラブ・ソングをシスター・アクト』。いわずとしれた大ヒット映画を原作に、映画で主演したウーピー・ゴールドバーク自身がプロデュースを手掛けたことで話題となった。初演は2009年ロンドン。ドイツを経て2011年にブロードウェイ上陸。日本では2014年に初演、以降再演を繰り返し今回が4回目の上演となる。
主人公は、歌手としてスターになることを夢見るデロリス。なのに、愛人でマフィアのボス・カーティスは、自身が経営するナイトクラブで歌わせてくれない。おまけにわくわくしながらカーティスからのクリスマスプレゼントを開けたら、中身はカーティスの妻のおふるのダサい毛皮ときた。デロリスは決めた。カーティスと別れ、「自分の人生は自分で切り拓いてみせる―!」
写真中央)デロリス/朝夏まなと ※写真提供/東宝演劇部
デロリスを演じる朝夏まなとは、前回公演に続いての登板となる。映画のウーピー・ゴールドバークのイメージが強く、意外なキャスティングにも思えるかもしれない。だが、ニューヨークで恋に仕事に頑張る女性を演じた前出演作『モダン・ミリー』(2022年)といい、前向きな女性を演じる朝夏の、なんと魅力的なこと。決意のナンバー≪私は伝説になる!≫は、はばたくような歌唱だ。
派手な身なりをしていても、中身は少女のようにピュアなデロリス。朝夏はそのピュアさを大きな輝く瞳でまっすぐに体現する。
カーティスが子分を殺す場面に出くわしてしまい、かつての愛人から目撃者として命を狙われるはめになるが、追われる最中にも関わらず、自販機から偶然転がり出たジュースを拾い上げてニカッと子供のように笑う朝夏デロリスに、きゅんとハートをつかまれてしまう。
写真左から)エディ/石井一孝、デロリス/朝夏まなと ※写真提供/東宝演劇部
追われるデロリスは、高校の同級生で今は警察官のエディと偶然再会。エディの口利きでかくまわれた先は、お堅いシスターたちが暮らす修道院だった。最初は警戒されながらも、聖歌隊の指導をすることになるデロリスに、シスターたちは惹かれていく。朝夏の天真爛漫な明るいたたずまいがあればこそ、その過程は自然に説得力をもって受け入れられるのだ。
映画は「とにかく楽しい作品」というイメージが強いが、今回のミュージカル版を観劇し、本作が“声なき者”にしっかりと心を寄せていることに改めて気づかされた。
親に捨てられ、かつての愛人からは冷酷に殺されようとしているデロリス。シスターたちもまた、修道院以外に居場所はない弱者だ。デロリスとシスター全員のユーモラスなナンバー≪シスターになるのは素敵≫は、“修道女”というベールで隠されているシスターたちのそれぞれの表情をいきいきと描きだす。
“汗っかき”と普段みんなからバカにされているエディ演じる石井一孝が歌う≪いつか、あいつになってやる≫。ぎこちないダンスを踊りながら「あいつみたいなクールガイになりたい。彼女のためならきっとなれる…!」と、デロリスへの想いを歌う姿の切なさ。
写真左から)デロリス/朝夏まなと、メアリー・ロバート/真彩希帆 ※写真提供/東宝演劇部
そして、内気な見習い修道女、メアリー・ロバートもまた居場所を持たない“声なき者”だ。ナンバー≪私が生きてこなかった人生≫では、デロリスと出会ったことで、これまで押し黙るだけだったロバートが自分の“声”を獲得するさまを、真彩希帆が圧倒的な歌唱力でドラマティックに魅せる。
山田和也の演出も、声高には叫ばないものの、場面場面でホームレスや売春婦らを風景として登場させ、“声なき者”へのまなざしを感じさせる。
写真中央)デロリス/朝夏まなと ※写真提供/東宝演劇部
彼らの“声”が爆発するのが、第一幕と第二幕でそれぞれ歌い上げられるビッグナンバー≪さあ、声を出せ!≫だ。特に作品終盤で歌われるVer.が圧巻。「愛されたい!」から「愛を与えたい!」と願うまでに成長を遂げたデロリス。朝夏は長い手足を弾ませながら、全身が音符となったかのよう。シスターたちもエンジン全開だ。「届けよ!我らのどでかき声を!」。
前回公演はコロナ渦直前の2019年から2020年。沈黙のコロナ時代を経た2022年のいまだからこそ、このメッセージが、聞く者の胸に高らかに鳴り響く。
写真左)デロリス/朝夏まなと ※写真提供/東宝演劇部
重低音でぬるりとした不気味さを醸し出すカーティス役の吉野圭吾。
有無を言わさぬ存在感の修道院長、鳳蘭。
この2人が陰影を与え、作品をより魅力的なものにしていたことも付け加えたい。
デロリスは森公美子、カーティスは大澄賢也とダブル・キャスト。12月4日(日)まで。以降、大阪、広島、愛知、福岡、長野と日本を縦断する。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
Stage Information
ミュージカル『天使にラブ・ソングをシスター・アクト』
音楽:アラン・メンケン
歌詞:グレン・スレイター
脚本:シェリ・シュタインケルナー&ビル・シュタインケルナー
追加脚本:ダグラス・カーター・ビーン
映画原作:タッチストーン・ピクチャーズ映画「天使にラブ・ソングを…」(脚本:ジョセフ・ハワード)
演出:山田和也
翻訳・訳詞:飯島早苗
製作:東宝
出演:森公美子/朝夏まなと、石井一孝、大澄賢也/吉野圭吾、春風ひとみ、谷口ゆうな、真彩希帆、泉見洋平、KENTARO、木内健人、太川陽介、鳳蘭 ほか
≪東京公演≫
会場:東急シアターオーブ
日程:2022年11月13日(日)〜12月4日(日)
≪大阪公演≫
会場:梅田芸術劇場メインホール
日程:2022年12月9日(金)〜12月12日(月)
≪広島公演≫
会場:上野学園ホール
日程:2022年12月17日(土)・18日(日)
≪愛知公演≫
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
日程:2022年12月24日(土)・25日(日)
≪福岡公演≫
会場:博多座
日程:2022年12月29日(木)〜2023年1月4日(水)
≪長野公演≫
会場:ホクト文化ホール
日程:2023年1月21日(土)・22日(日)
【Story】
破天荒なクラブ歌手デロリスは、殺人事件を目撃したことでギャングのボスに命を狙われるハメに。重要証人であるデロリスは、警察の指示でカトリック修道院に匿って貰うが、規律厳しい修道女たちからは天真爛漫なデロリスは煙たがられてしまう。
そんなある日、修道院の聖歌隊の歌があまりに下手なのを耳にしたデロリスは、修道院長の勧めもあって、クラブ歌手として鍛えた歌声と持ち前の明るいキャラクターを活かして聖歌隊の特訓に励むことになる。やがて、デロリスに触発された修道女たちは、今まで気づかなかった「自分を信じる」というシンプルで大切なことを発見し、デロリスもまた修道女たちから「他人を信頼する」ことを教わる中で、互いに信頼関係が芽生え、聖歌隊のコーラスも見る見る上達する。が、噂を聞きつけた修道院にギャングの手が伸びるのも時間の問題であった……。
果たしてデロリスは無事に切り抜けることが出来るのか?修道院と聖歌隊を巻き込んだ一大作戦が始まる!
《公式サイトより》