話題作がいよいよ幕を開けた。3月8日に帝国劇場で初演を迎えたミュージカル『SPY×FAMILY』。開幕当日に行われたゲネプロの様子をリポートする。
東国〈オスタニア〉と西国〈ウェスタリス〉が対立する東西冷戦時代。かりそめの平和を守るため、諜報員たちが熾烈な情報戦を繰り広げていた。そんな中、任務遂行のため家族をつくることになる凄腕のスパイ。“妻”は殺し屋、“娘”は他人の心を読めるエスパー。互いに正体を隠したまま、彼らはぎこちない生活を始める―。
遠藤達哉原作(集英社「少年ジャンプ+」連載中)による超人気コミックが、テレビアニメ化に続きミュージカル化される。その一報を聞き、「えっ、どうやって?」と思った。そして今日、「なるほどこうきたか」とうならされた。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
瓦礫のようなセットから、物語ははじまる。響き渡る銃声、爆撃音。少年の泣き声。そこから群衆の歌声がわきあがり、スポットライトのなか、1人の男が登場する。ロイド・フォージャー、コードネーム「〈黄昏〉」。100の顔を持ち、与えられた任務は必ず遂行する西国の凄腕のスパイ。物語がたちあがるこの瞬間はゾクッとするかっこよさだ。
生オーケストラによるスタイリッシュでありながらも重厚な楽曲、目まぐるしく変わる舞台セットと衣裳。映像や字幕を巧みに組み合わせた演出。冒頭から製作陣の本作にかける気合がビシバシと伝わってくる。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
完全無欠なキャラクターとして原作で描かれるロイドを演じるのは鈴木拡樹(森崎ウィンとのWキャスト)。端正なルックスと落ち着いた歌声で、 “ロイドがそこに生きている”という説得力をさらりと提示できるのは、さすが2.5次元ミュージカルのトップランナーだろう。冷徹なスパイが、仮初めの家族を得て、ふと人間らしさをほとばしらせる。難しい役柄を、抑制のきいたなかにも温かみを感じさせるたたずまいで演じ切っていた。アクションシーンの切れ味もさすが。
ロイドにある日、任務が命ぜられる。《結婚して子どもをつくれ》。東西平和の行方を握る重要人物に近づくため、彼の息子が通う名門・イーデン校に“子ども”を入学させようというのだ。戸惑いながらも孤児院を訪れるロイド。不思議な少女に目をとめ、家族として迎え入れることになる。彼女はアーニャ。実は他人の心が読めるエスパーだった。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
原作でも抜群の人気を誇り、物語の核となるこの重要人物は、4人のキャストが交互で演じる。この日は9歳の増田梨沙だったが、この演技が凄かった。「アーニャ、ピーナッツが好き!」と自分の大好きなものを歌い上げるロイドとの出会いのシーン。カーンと突き抜ける歌声に、全身が音符そのものになったかのように弾むダンス。序盤のシリアスなムードが、彼女の登場によりパッと明るくなった。うれしさとかなしさ、切なさ、楽しさ。小さな体を目いっぱいに使って感情を表現し演じきった増田に拍手だ。
もう一人重要なキャストがヨル。昼間は地味な市役所勤めだが、実は「〈いばら姫〉」とよばれる東国の殺し屋だ。ヨルを演じるのは数多の名作ミュージカルで実績を重ねてきた実力派・唯月ふうか(佐々木美玲とWキャスト)。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
天然な普段の様子と殺し屋としてのギャップを、透き通る歌声と抜群の身体能力をいかして魅力的に演じ、「ヨルってこんな人だよな…」と誰もが納得するであろう存在感をみせている。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
第二幕は、ヨルとアーニャとともに名門校の試験に臨むロイドたち。原作の描写を、G2の洒脱な演出でテンポよく見せる。イーデン校の教諭、ヘンリー・ヘンダーソンを演じる鈴木壮麻のページからそのまま抜け出してきたかのようなたたずまいには、原作ファンはニヤッとさせられるだろう。しかしわざとらしくないのは手練れの鈴木ならでは、無理なく嫌味なく、コミカルな要素を担う。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
マンガ原作との相性でいえば、「鋼鉄の淑女」の異名を持つロイドの上官、シルヴィア・シャーウッドを演じる朝夏まなと。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
長い手足をいかしたダンスシーンがとにかく映える。朝夏の独特のポップな魅力もあり、まさにばちっとハマったキャスティングだ。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
ヨルの弟、ユーリを演じる瀧澤翼(岡宮来夢とWキャスト)もスーツや制服姿が決まっていた。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
戦争で悲惨な過去を背負ったロイド。親をなくしたった一人の弟と生きてきたヨル。エスパーという秘密を抱え、転々とさまよってきたアーニャ。
繰り返し歌われる《人はみな誰にも見せない自分を持っている》というフレーズ。スパイや殺し屋でなくても、誰もがかなしみを抱えている。大切な誰かを守るために、かなしみとともに生きていくこと。かなしみを抱えたまま人と人が寄り添い生きていくこと。美しい楽曲にのせて届けられるその切なさ、尊さが、この世界情勢のなかで強く胸を打つ。
製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社
原作ファンはもちろん、原作を知らずとも正統派のミュージカルとして存分に楽しめる作品だった。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
Stage Information
ミュージカル『SPY×FAMILY』
原作:遠藤達哉(集英社「少年ジャンプ+」連載)
脚本・作詞・演出:G2
作曲・編曲・音楽監督:かみむら周平
出演:森崎ウィン/鈴木拡樹、唯月ふうか/佐々木美玲、池村碧彩/井澤美遥/福地美晴/増田梨沙、岡宮来夢/瀧澤翼、山口乃々華、木内健人、鈴木壮麻、朝夏まなと ほか
【東京公演】
帝国劇場:3月8日(水)~29日(水)
【兵庫公演】
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール:4月11日(火)~16日(日)
【福岡公演】
博多座:5月3日(水)~21日(日)