英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによる大ヒットミュージカル『マチルダ』がついに、日本のオリジナルキャストで上演されます。天才少女、マチルダが、周囲の大人たちの無理解に悩みながら未来を切り開いていく物語は、子供はもちろん、大人たちの背中も押してくれるはず。マチルダの父、ミスター・ワームウッドを演じる田代万里生さん(斎藤司さんとWキャスト)に、作品の見どころなどを聞きました。
――ミスター・ワームウッドはどんな役ですか?
自分の娘に罵声を浴びせるひどい父親で、経営する中古車業では詐欺でぼろもうけを企む人物です。学校の嫌な大人であるミス・トランチブル校長と並んで、嫌な大人の象徴みたいな役で、台本を読んだ時はどうやって共感したらいいんだろうって(笑)。でも、演出補のジョセフ・ピッチャーさんから「この脚本に書かれているワームウッド夫妻はリアルな存在ではあるけれど、マチルダから見た大人像です」と教えていただき、腑に落ちました。子供って大人の全部を見ているわけではないし、感性も違います。大人の一部分を切り取るとこう見えているんだと納得できたんです。思いきりやっていいんだと思えるようになりました。
――思いきり、というのは?
稽古中何度も言われたのは、「子供に対していろいろ言うのは本当につらいと思うけれど、本気でやってくれ」ということです。優しい心を捨てて振り切ってほしい、と。ミスター・ワームウッドは、落ち着いているシーンが1カ所もないんです。出てくるシーンが常にマックスの状態で、ずっと動いている。しかも、普通はミュージカルって音楽に背中を押してもらえる部分が大きいんですけど、ミスター・ワームウッドは音楽が伴わないシーンにいっぱい出ている(笑)。音楽と音楽の合間にかき回したり、音楽がワームウッドの心情を表現していても歌はなかったりするので、音楽の魔法の力を借りず、芝居の力でバランスを取っていかないといけないんです。歌の見せ場は2幕で歌う「テレビがすべて」(邦題)というナンバーですが、歌もお芝居もひとりでやらないといけなくて、かなり難しいです!
――やはり子供にひどいことを言うのは、お芝居でもつらいものですか。
つらいですね。最初は、マチルダちゃんを演じる4人と仲良くした方がいいのか、普段から距離を取って怖い人だと思われた方がいいのかまで悩んだんです。でも、ある日、稽古場で休憩中にピアノを弾いていたら、Wキャストの斎藤司さんが「万里生くん、アラジンも弾ける?」と声をかけてくれて…。ぼくが弾き始めたら斎藤さんがコミカルに歌い始めて、そこにマチルダちゃん4人も来て一緒に歌ってくれて、すごく微笑ましい稽古場になってしまいました。早速、作戦失敗です(笑)。
子供はお芝居の反応が本当に正直です。こちらが真実を伴わない芝居、いわゆる「演技」をしてしまうと、マチルダちゃんも「演技」のモードに入ってしまう。リアリティーをもって接するのがお芝居の基本だということを、改めて子供たちから学びました。
――その斎藤さんとWキャストですが、田代さんとは全然違うタイプの俳優ですよね?
斎藤さんの演技に、いつも爆笑しています。ちょっとした表情とか、ぐっと前に押し出したいときのアプローチが、ぼくとはまったく違うんです。斎藤さんは斎藤さんにしかできないものを作っていますし、ぼくもそれを目指しています。日本でこれまで誰も演じていないので、ある意味、正解はない。演出家も決めつけることなく、Wキャストそれぞれの良さを生かすため余白をたくさん与えてくださっています。自分で考えて作る部分がたくさんあるのでやりがいがありますし、ぼくたちだけでなく、ほかのWやトリプルキャストも楽しんでほしいです!
――子供が主役のミュージカルですが、大人も楽しめますか?
確かにマチルダが主役ですが、見る人によっては必ずしもそうじゃないかもしれません。誰かしらに共感したり、「あるある」「わかるわかる」がいっぱいつまっているミュージカルなんです。それに、恵まれない環境から抜け出せず苦しんでいるマチルダが、知識をたくさん得て勇気をもらって、自分の意見を言って外の世界に飛び出していくというのは、子供に限らず大人の社会にも通じますよね。子供の時そうだった、というだけでなく、今の自分にも置き換えられる。会社にも家庭にも、トランチブルやワームウッドみたいな人はいるかもしれないけれど、笑顔で我慢するだけでなく、自分が正しいと思ったことを遂行していこうという気持ちになれるかもしれません。
――田代さんは、作品のメッセージをどう受け取りましたか?
大人になるといろんなことを諦めてしまったり、こんなものかなとリミッターを決めちゃったりするじゃないですか。でも、子供ってリミッターがないから眠くなるまで本気で遊んじゃう。大人も一回リミッターを外して、自分の考えに忠実に、周りにそれを発信して前に進んでいくのが大事なんじゃないかと思いました。児童文学の原作(ロアルド・ダール著『マチルダはちいさな大天才』)の持ち味なのかもしれませんが、分かりやすくてキャッチ―で、どの時代でもどの国でも当てはまる物語です。
――児童文学の世界をどのように舞台化したのか、気になります。
美術と音楽と衣装が、本当に素敵なんです! ただお金をかけたとか、大がかりということではなく、マチルダの脳内劇場という意味もあるのか、手作り感を大事にしながら見たことのない美しさがあるんです。衣装も日本と色彩が違いますし、ワームウッドは今の日本ではなかなか着ないようなスタイルのスーツを着たりしています。曲も、スコアではトリッキーなリズムなんですが、聞くと自然に受け入れられる。ロンドンらしいポップなサウンドのナンバーもたくさんあって、近寄りがたさのない音楽です。
――ミスター・ワームウッドには近寄りたくない気もしますが…。
この作品がロンドンやニューヨークで大ヒットし始めた当時、ぼくは自分がやる背格好や年齢の役はないなと思っていたんです。でもここ数年、いろんな役をやらせていただけるようになって、ミスター・ワームウッドができるかもしれない、大きなチャレンジだけれどやってみたいと、オーディションを受けることにしたんです。確かに罵声を浴びせる嫌な奴ではありますが、お客さんから、「おバカ過ぎて笑える」と思ってもらえる境地に到達して、結果的に愛されるワームウッドになったらいいなと思います。
――最後にお客さまにメッセージをお願いします。
最初に見たもののイメージって残りやすいですよね。だから、初演はどうしても美化されがち。今回は海外のクリエイターがロンドンからたくさんいらしてくださっているし、稽古場の風は明らかに日本じゃないんです。初演の責任をしっかり感じつつ、この風を劇場で吹かせたいと思いますし、美化ではなく、初演は本当にすごかった、となるようにがんばりたいと思います。
この前まで出演していた「エリザベート」は、実在した人物やできごとがモチーフになっていましたから、事前知識があった方が面白い部分もあったと思います。でも、「マチルダ」は下準備ゼロでフラッと来ていただいても、楽しめるはず。幕が開く前から、美術のセットにわくわく感を感じていただけると思いますし、何も考えずに足を運んで、何かを受け取って帰っていただければ嬉しいです。ぜひ、見にいらしてください!
取材・文/道丸摩耶(産経新聞社)
撮影:岡千里
ヘアメイク:エムドルフィン
スタイリスト:坂能 翆(サカノウミドリ)
田代万里生(Tashiro Mario)
1984年1月11日生まれ。東京芸術大学 音楽学部 声楽科テノール専攻卒業。 3歳からピアノを学び、7歳よりバイオリン、13歳よりトランペットを始め、15歳から本格的に声楽を学ぶ。大学在学中の2003年『欲望という名の電車』で本格的にオペラ・デビュー。2009年『マルグリット』のアルマン役でミュージカル・デビューを果たし、以降数々の作品に出演している。近年の主な出演作に『エリザベート』『ガイズ&ドールズ』『ラビット・ホール』『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』『ジャック・ザ・リッパー』『マタ・ハリ』『スリル・ミー』『マリー・アントワネット』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。
Stage Information
Daiwa House presents ミュージカル『マチルダ』
原作:ロアルド・ダール
脚本:デニス・ケリー
音楽・歌詞:ティム・ミンチン
脚色・演出:マシュー・ウォーチャス
振付:ピーター・ダーリング
デザイン:ロブ・ハウエル
オーケストレーション・追加音楽:クリスファー・ナイチンゲール
照明:ヒュー・ヴァンストーン
音響:サイモン・ベーカー イリュージョン:ポール・キーヴ
出演
マチルダ:嘉村咲良/熊野みのり/寺田美蘭/三上野乃花
ミス・トランチブル校長:大貫勇輔/小野田龍之介/木村達成
ミス・ハニー:咲妃みゆ/昆 夏美
ミセス・ワームウッド:霧矢大夢/大塚千弘
ミスター・ワームウッド:田代万里生/斎藤 司(トレンディエンジェル)
ほか
公演日程
【東京公演】2023年3月22日(水)~5月6日(土) 東急シアターオーブ
【大阪公演】2023年5月28日(日)~6月4日(日)梅田芸術劇場メインホール