東京・渋谷の東急シアターオーブで11月29日まで上演中のミュージカル『エリザベート』。皇妃エリザベートと黄泉の帝王トートの愛と運命を描くウィーン発の大ヒットミュージカルで、日本では1996年に宝塚歌劇団により初演、2000年に東宝版が上演され、いずれも再演を重ねてきた。3年ぶりの東宝版となる今回はタイトルロールに望海風斗、明日海りおを迎え、休館中の帝国劇場から東急シアターオーブに場を移しての上演となる。
10月9日(エリザベート:望海風斗/トート:古川雄大/フランツ・ヨーゼフ:田代万里生 ルドルフ:伊藤あさひ ゾフィー:涼風真世 ルキーニ:尾上松也 ほか)と10日(エリザベート:明日海りお/トート:井上芳雄/フランツ・ヨーゼフ:佐藤隆紀/ルドルフ:中桐聖弥/ゾフィー:香寿たつき/ルキーニ:黒羽麻璃央 ほか)に実施されたゲネプロの様子をレポートする。
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日本で最も高い人気を誇るミュージカルのひとつといっても過言ではないだろう。2025年、節目を迎えたこの作品に新しいふたりのエリザベートが誕生した。
自由な少女時代から一転、堅苦しいハプスブルグ宮廷に嫁ぎ、皇后として求められる生き方に反発。姑である皇太后と夫である皇帝フランツ、そして息子である皇太子ルドルフとの関係、そして黄泉の帝王トートとの愛にもがきながらも、自らの人生を生ききった。
エリザベートは“美”そのもの。美貌こそが武器であり、彼女の生き方であった。少女期からその死までを演じきる難役。加えて、高い歌唱力も求められる。だが、望海と明日海は見事にそれぞれの美を表現した。
エリザベート/望海風斗
望海は少女時代の演技からすでに気品をあふれさせる。自由闊達な少女なのだけれど、常に立ち居振る舞いににじむ品格が、バイエルン王家につながる高貴な生まれのプリンセス(エリザベート本人はこの呼称を拒否するが)であることに説得力をもたらす。その気品ゆえ、フランツとの結婚式の夜、将来の不安に「早くふたりになりたい」としがみつく姿のはかなさ、せつなさがより胸に迫る。そして望海といえばの歌唱力!名曲《私だけに》で気高くも無垢な少女の中に自我が苦しみとともに立ち上がっていくさまを、見事に歌い上げた。その荘厳なまでの歌唱には思わず圧倒された。
エリザベート/明日海りお
明日海は天性の明るさでエリザベートという女性を血の通った存在として我がものとした。冒頭の黄泉の世界の重厚でうねるような雰囲気から一転、《パパみたいに》で登場する少女エリザベートの愛らしさといったら。ぱっと花開いたよう。身振り手振りにもクスッとするようなコメディエンヌぶりさえ見せる。それがトートに魅入られ、フランツと結婚することで重苦しい人生に囚われていく。その変化が実にドラマティックだ。客観的に見ればルキーニの言う通り自己中心的な人物なのだけれど、明日海が演じると、まっすぐで輝く強さを持った女性として愛を持って受け入れることができる。
望海は気高さで、明日海は生命の輝きで。それぞれが表現するエリザベートは、痛々しいほどに美しい。
トート/古川雄大
トートもまた象徴的な役どころだ。古川は2019年、20年(公演中止)、22年に続いての登場。死を抽象化した肉体を持たない存在…のはずなのだが、とにかく色っぽい。柔らかく、深く、そして甘い唯一無二の歌声で、黄泉の帝王でありながらもエリザベートという人間への愛を知ってしまった“男”としての苦しみを生々しく表現する。《私を燃やす愛》の神々しさ、エリザベートとの《愛と死の輪舞》の艶、《闇が広がる》の狂気…表現力の引き出しの多さにうならされる。
トート/井上芳雄
井上トートはまさに“帝王”。東宝版初演から本作に出演し、トートを演じるのは2015年、16年、19年、20年(公演中止)、22年、さらに今回。名実ともにこの作品を象徴するような存在なのだが、役の上でも完全に劇場を支配している。その圧倒的な声量と表現力には、観る者自身もトートの手のひらの上で転がされているような気持ちになってしまう。舞台を重ねるごとにますますスケールが広がっていく井上。一体どれほどの高みにまで羽ばたいていこうというのだろうか…??
善き王、夫でありたいと願いながらも、母である皇太后ゾフィーの重圧にもがく皇帝フランツ。田代、佐藤ともいずれも安定した歌唱力に定評のあるふたり。田代は青年から老境までの変化を丁寧に演じた。佐藤も一曲一曲に思いを込める誠実な歌いっぷりが聴かせる。
フランツ/田代万里生
フランツ/佐藤隆紀悩める皇太子ルドルフには、伊藤と中桐のふたりが抜擢された。伊藤は2次元から抜け出してきたような抜群のスタイルと歌声。古川との《闇が広がる》は耽美的でとにかく美しく、闇に堕ちるような悲しい曲でありながらも、眼福、耳福と感じてしまう。中桐は素直な一人の青年の軌跡を丹念にみせる。ひたすらに愛を乞い、すがりつくかのような《僕はママの鏡だから》は哀切の極み。中桐の演技があるからこそ、エリザベートの慟哭が際立ち、作品そのものが真に迫って感じられた。

ルドルフ/伊藤あさひ
ルドルフ/中桐聖弥ハプスブルグ宮廷に君臨する皇太后ゾフィー。涼風は迫力ある低音で、香寿は凛とした立ち姿で、女傑の生きざまを表現した。これまでのふたりの圧倒的な威厳があればこそ、それぞれの《ゾフィーの死》が胸に響く。
エリザベートの暗殺犯であり、舞台の狂言回しであるルキーニ。ほぼ出ずっぱり、ストーリーを支配する難しい役どころでありながら安定感がある。尾上は外連味たっぷり!シニカルでいながら色気があり、所作のひとつひとつに華がある。黒羽は都会的でスマート。張りのある歌声で、軽妙に舞台を回していく。
ルキーニ/尾上松也
ルキーニ/黒羽麻璃央
これまで帝国劇場で上演されてきた本作だが、建て替えに伴う休館により、今回は東急シアターオーブに場を移しての上演となった。オーブの高い天井がもたらす開放感のなか、さらに豪華に、壮麗になったセットが観客を迎える。
今回の上演にあたり、昨今の世界情勢をうけ、演出の小池修一郎氏は「新しいエリザベートをお見せしたい」と話していた。特にエリザベート役のふたりには“自由を求めて闘う女性”という輪郭がくっきりと見えていたように思う。何度も出演を重ねてきたベテランキャストもそれぞれの役の新しい解釈に挑戦している。25年の長きにわたり愛されてきた本作のさらなる進化に注目したい。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
Stage Information
ミュージカル『エリザベート』



脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団)
エリザベート:望海風斗/明日海りお
トート:古川雄大/井上芳雄(東京公演)/山崎育三郎(北海道・大阪・福岡公演)
フランツ・ヨーゼフ:田代万里生/佐藤隆紀
ルドルフ:伊藤あさひ/中桐聖弥
ルドヴィカ/マダムヴォルフ:未来優希
ゾフィー:涼風真世/香寿たつき
ルイジ・ルキーニ:尾上松也/黒羽麻璃央
マックス:田村雄一
ツェップス:松井工
エルマー:佐々木崇
ジュラ:加藤将
シュテファン:佐々木佑紀
リヒテンシュタイン:福田えり
ヴィンディッシュ:彩花まり ほか
公演日程
【東京】2025年10月10日(金)〜11月29日(土) 東急シアターオーブ
【北海道】2025年12月9日(火)〜18日(木) 札幌文化芸術劇場 hitaru
【大阪】2025年12月29日(月)〜2026年1月10日(土) 梅田芸術劇場 メインホール
【福岡】2026年1月19日(月)〜31日(土) 博多座



