文豪チャールズ・ディケンズの名作を原作に、日本では2013年に初演されたミュージカル『二都物語』が12年の時を経て再登場。弁護士シドニー・カートンとフランスの亡命貴族チャールズ・ダーニー、そして瓜二つのこの二人から愛される女性ルーシー・マネット。18世紀後半の革命の時代に翻弄される三人の物語が、パリとロンドン、二都を舞台にドラマチックに展開する。カートン役の井上芳雄、ダーニー役の浦井健治の最強タッグが初演に引き続き実現、宝塚歌劇団退団後初ミュージカル出演となる潤花を新たにルーシー役に迎え、ブラッシュアップされた舞台に熱き視線が集中している。開幕を目前に控えた浦井健治が、再び挑む『二都物語』への思い、その奥深き世界観を語った。
――初日も間近ですが、再演ならではの発見など稽古の感触はいかがですか?
奇跡のような再演ですよね。初演から12年も経っているので、戯曲に込められたメッセージをより深く探っていけてますし、再びこの作品に取り組めることを有意義に感じて挑んでいる毎日です。初演と同じ内容をやっていても、各々の表現がまったく変わっているのも感じますね。井上芳雄さんが演じるシドニー・カートンと僕の役のチャールズ・ダーニーは、“瓜二つ”であると戯曲に書かれているけれど、それはそれぞれがどのような愛し方をしたのか、どのようにして自らの思いを未来へ託そうとしたのか、といったことが結果、瓜二つであったと。ルーシーという女性を挟んだカートンとダーニー、この三人の関係性から浮かび上がる“無償の愛”といったものをカンパニー全員で紡いでいく、それが演出の鵜山仁さんを中心とした今回のテーマなのかなと思いました。
――同じ作品に取り組むことで、浦井さんご自身の12年を経ての進化も実感されているのではないでしょうか。
そうですね。12年前よりもスピーディーな展開になっているのと、ダーニーの新たなソロ曲もあります。ダーニーがどのように揺れ動き、愛を知り、家族を持ったのか。しかし血縁、家系というものから逃れられない、その楔(くさび)を再確認してどう人生を駆け抜けていったのか。そういう人物像に込められた意味は、前回以上に感じ取っていると思います。「こうでありたい」と思うような、あまりにも理想的なカートンの人間像、それに対するダーニーの愛や葛藤はきっとお客様にも共感していただけると思いますし、日々生活を過ごす上での学びも、この作品から受け取っていただけるのではと。おそらく鵜山さんはそれを願って、今回の役の造形、配置の仕方をしているのではないかなと思います。12年経っているからこそ、以前よりも俯瞰して作品全体を見られているし、役により真実味を帯びさせることが出来ているのかな、とも思いますね。

――今のお話のダーニーの人物像について、どういう人と捉え、何を大切に立ち上げようとされているのか、教えていただけますか?
家柄による過去の精算、抗えない血の宿命といったものが降りかかってきてしまう人物。イギリスとフランス、二都の革命の時代にそういった悲劇に直面し、もがいた人物として作っていけたらなと思っています。なぜそんなことになってしまったのか、ダーニーの家族間の出来事をちゃんと伝えることでカートンという人物が際立つし、カートンとダーニーの、環境は違うけれども同じものを守ろうとした二人の関係が、いかに尊かったかを表現していければと思いました。
――ダーニーの新たなソロ曲が気になります。どんな曲でしょうか。
バラードですね。脚本・作詞・作曲のジル・サントリエロさんが書いてくださったものです。ダーニーが投獄された後、ルーシーに対する思いを歌ったラブ・バラードです。

――井上芳雄さん、橋本さとしさんなど初演から続投の方々に、再演から参加された方々もいらっしゃいます。稽古場の様子はいかがでしょうか。
鵜山さんがおっしゃるには「この12年のあいだに積まれた経験が、皆さんそれぞれの個性となって出ている」と。新たに参加された方も、今回のルーシー役、元宝塚の娘役トップスターさんでいらした潤花さんは、笑い声が印象的でとてもフレンドリーな方。コミュニケーション能力に長けていらっしゃるので、現場をすごく明るくしてくださっていますね。まさしくカンパニーの中の“花”といった感じです。
――芳雄さんとは、この12年のあいだに別の作品でも共演されました。
そうですね。作品としての共演は実は少ないのですが、バラエティやラジオの番組などでもご一緒させていただきまして、芳雄さんが気にかけてくださり、支えられた12年だったかなと。まあ僕だけではないですけれど。後輩に対して愛情をかけてくださるのも、ご自身の愛するミュージカルの世界を盛り上げていこうというお考えからなのかなと思います。そういう先輩がいてくれて、本当に恵まれているなと思う12年でしたね。
今回印象的だったのは、「ソロで歌うよりも、誰かと一緒に歌うほうが自分にとって意味がある」といったことをおっしゃったんですよ。芳雄さんも12年の時を経て、また一つ上の段階での感じ方をされているのかなと思いましたね。
――演出の鵜山さんとは、ストレートプレイで何度もご一緒されていますね。
この『二都物語』はグランドミュージカルといっても、結構ストレートプレイ寄りのミュージカルだと思うんですね。だから鵜山さんが演出を任されたのだろうなと。ご本人も、このような大所帯のミュージカルの演出はあまり経験していないとおっしゃっていて、試行錯誤しながら、とても楽しんでいらっしゃるような気がします。鵜山さんからは「未来への投資」といったワードがよく出て来るんですけど、演劇の未来のために今、人々の中にあらゆる種を蒔いてどうなっていくのかを楽しんでいらっしゃる、そんなふうに感じますね。

――改めて、この作品において最も心に響くポイント、ご自身が受け止めたメッセージやテーマといったものを教えてください。
自己犠牲とは何だろう、と。身代わりになるとか、自分よりも他者を大切にすることの意義について考えさせられます。まあ、紛争だとか階級社会とか、そうした混沌の時代だからこそ、浮かび上がるテーマなのかなと。一緒に過ごした時間がかけがえのないものであるなら、それはもうどんな瞬間も“家族”と言えるのでは……といったメッセージが、後半にいくにつれて色濃く出ているような気がしています。
――“自己犠牲”なんて、難しいことですよね。
簡単にできることではないですよね。たとえば大きな天災が自分の住む地域以外のところで起きた時に、出来ることはなんだろう……。“人のため”なんて言っていられない、そんな状況でも、はたして自分には何が出来るのか、何をすべきなのか、いろんなことを思いますね。
――観客の皆様にとっても、さまざまに思いを巡らす体験になりそうです。
芳雄さんも僕も歌わせていただいている『いまは子どものままで』という楽曲は、いざその曲を歌うシーンになると、こんなにも切なる思いが詰まっているんだ!とあらためて感じるんですね。人間の一番の核となるものは自分の中ではなく、他者の中にあるといったことや、ひとりでは出来ないことも、誰かのためとか、皆と一緒にやれば不可能を超えていける……そういった鵜山さんがよくおっしゃっている「未来へのメッセージ」がこもっている楽曲だなと。芳雄さんと一緒にまたこの曲を、この作品を皆様にお届け出来ることを本当に光栄に思っています。ぜひとも楽しんでいただけたらなと思います。
取材・文/上野紀子(演劇ライター)
撮影/黒澤義教
浦井健治(Urai Kenji)
俳優。2000年『仮面ライダークウガ』(EX)で俳優デビュー。2004年『エリザベート』皇太子ルドルフ役に抜擢。以降、幅広いジャンルの作品に出演。第22回読売演劇大賞最優秀男優賞、第67回芸術選奨文部科学大臣演劇部門新人賞など数々の演劇賞を受賞。
2025年5月~7月はミュージカル『二都物語』に出演。
Stage Information

ミュージカル『二都物語』
脚本・作詞・作曲:ジル・サントリエロ
追加音楽:フランク・ワイルドホーン
原作:チャールズ・ディケンズ(『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』)
翻訳・演出:鵜山 仁
出演:
シドニー・カートン:井上芳雄
チャールズ・ダーニー:浦井健治
ルーシー・マネット:潤 花
マダム・ドファルジュ:未来優希
エヴレモンド侯爵:岡 幸二郎
バーサッド:福井貴一
ジェリー・クランチャー:宮川 浩
ドファルジュ:橋本さとし
ドクター・マネット:福井晶一
他
製作:東宝
上演日程
【東京】2025年5月7日(水)~31日(土) 明治座
【大阪】2025年6月7日(土)~12日(木) 梅田芸術劇場 メインホール
【愛知】2025年6月21日(土)~29日(日) 御園座
【福岡】2025年7月5日(土)~13日(日) 博多座
Story
18世紀後半、イギリスに住むルーシー・マネットは、17年間バスティーユに投獄されていた父ドクター・マネットが酒屋の経営者ドファルジュ夫妻に保護されていると知り、パリへ向かう。
無事に再会し父娘でロンドンへの帰途の最中、フランスの亡命貴族チャールズ・ダーニーと出会うが、彼はスパイ容疑で裁判に掛けられてしまう。
そのピンチを救ったのはダーニーと瓜二つの酒浸りの弁護士シドニー・カートン。
3人は親交を深め、ダーニーとルーシーは結婚を誓い合う仲になる。
カートンも密かにルーシーを愛していたが、2人を想い身を引く。
穏やかな暮らしが続くかに見えたが、ダーニーは昔の使用人の危機を救おうと祖国フランスに戻り、フランス革命により蜂起した民衆たちに捕えられてしまう。
再び裁判に掛けられたダーニーだったが、そこで驚くべき罪が判明し、下された判決は死刑。
ダーニーとルーシーの幸せを願うカートンはある決心をし、ダーニーが捕えられている牢獄へと向かう――。