エンターテインメントで笑顔を繋げる!

COLUMN

【観劇コラム】ミュージカル『ヒーロー』▷誰もが誰かのヒーローに

東京・日比谷のシアタークリエで3月2日まで上演中のミュージカル『ヒーロー』。タイトルから連想されるような、スーパーヒーローが華々しく人々を救う話ではない。アメリカの片隅で暮らす人々が、一歩前に進む姿を描く温かい物語だった。

主人公の28歳の青年、その名も“ヒーロー”を演じるのは有澤樟太郎。

写真提供/東宝演劇部

ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険』のジョジョ役や『ジャージー・ボーイズ』のボブ役など、華やかで外連味のある役どころが多かったが、今回は等身大の役柄。ミルウォーキーの街で足の悪い父親と暮らし、アメリカンコミック(アメコミ)の店を切り盛り。さらに家計を支えるため、夜遅くまでバーで働いている。ヘアメイクも衣裳も実にナチュラルで、冒頭のシーンに至っては寝起き姿だ。

それなのに、どうしてこんなにも華があるのか。長い手足に輝く瞳。アメコミの主人公になれたら…と憧れながらも、どうしようもできない現実に足をとられて、前に進むことができない。最初のナンバー《My Super Hero Life》では、はち切れんばかりの憧れを溌剌と歌い上げ、地の芝居の時の曇りのある表情、青年らしい苛立ちをにじませたセリフ回しとのギャップが切なく、胸を打たれた。

「夢なんか見てもムダ」「空なんて飛べるわけがない」と自分に言い聞かせ、主人公になれない、いや、なろうとしない青年。有澤が演じるからこそ魅力的で、観客の目の心も彼についつい引き寄せられてしまう。設定だけ聞けば冴えない役柄なのに、見事に「主人公」になっていた。事前の取材で「自身の代表作になる」と自信をみせていた有澤だったが、まさにこの役は存在そのものに華のある有澤しか演じられないのではと思わされた。

写真提供/東宝演劇部

そんなヒーローと愛情深く向き合う父親のアル(佐藤正宏)。妻との夢だったアメコミショップを経営し、〝アメコミの賢人〟と呼ばれるほどのアメコミオタク。親子以上に年の離れた少年とも親友になれる。頑固でマイペース、でも息子を信じ、愛する気持ちはどこまでも深い。そんな一癖ある人物を、佐藤が温かくチャーミングに演じ上げた。

ヒーローを支える友人たちも親しみやすいキャラクターばかりだ。10年ぶりにヒーローと再会するかつての恋人、ジェーン(山下リオ、青山なぎさ/観劇日は青山)。ある出来事がきっかけでヒーローと別れ、傷をいやすための結婚にも失敗し、再びミルウォーキーに戻ってきた。立ち止まったままのヒーローとは対照的に、未来を求めてさまよい、疲れたひとりの女性がそれでも失わない輝きを、青山は夢見るような表情と歌声で表現した。

写真提供/東宝演劇部

カーク(寺西拓人、小野塚勇人/観劇日は小野塚)はヒーローのいとこ。破天荒で空気を読まない。でも、ヒーローとアルを気遣って、いつもちょっとした食べ物を持ってきてくれる。急遽の登板となった小野塚だったが、憎めないキャラクターを自然体の演技でみせた。スコーンと突き抜けるような歌声が、舞台に勢いをもたらしていた。

カークと思わぬ関係に展開していくのが、ジェーンの同僚のスーザン(宮澤佐江)。最初はカチコチに固く真面目なキャラが、カークとの出会いをきっかけに一歩を踏み出していく様を実に楽しそうに演じ、はっちゃけた名コメディエンヌぶりを見せつける。

テーマこそ重いが、アメコミをモチーフにしているだけに、全体的な印象は明るい。《My Superhero Life》《That’s My Kryptonite》など、耳に残る名曲も多い。舞台装置や衣裳もポップでカラフル。自分たちの物語として、すっと入り込めた。

作品の舞台は2000年代のアメリカだが、現代に生きる日本人にも共感できる内容になったのは翻訳と訳詞も手掛けた演出の上田一豪の手腕も大きいのではないか。幕間に仕掛けられたある演出なども効果的で、まるで観客が登場人物たちの友人や家族となったかのように、一緒に悩み、一歩を踏みだせるような一体感を創り出すことに成功していた。

ヒーローになるのに、超能力はいらない。誰かを守りたいと思ったとき、誰もが誰かのヒーローになれるのだ。そんなことを考えさせられる内容。今回が日本初演となるが、再演を重ねて、この作品が育っていく過程を応援したくなった。

【関連記事】
有澤樟太郎さんインタビューはコチラ▶https://matisowa.jp/12111

取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)

ミュージカル『ヒーロー』

脚本:アーロン・ティーレン
作曲・作詞:マイケル・マーラー
訳詞・翻訳・演出:上田一豪
製作:東宝

出演:有澤樟太郎
山下リオ/青山なぎさ(Wキャスト)
寺西拓人/小野塚勇人(Wキャスト)
宮澤佐江
吉田日向/木村来士(Wキャスト)
佐藤正宏 ほか

日程:2025年2月6日(木)~3月2日(日)

劇場:日比谷 シアタークリエ

公演公式サイトはこちら

RECOMMEND

NEW POST

小林唯のGood Vibes
PAGE TOP
error: