エンターテインメントで笑顔を繋げる!

COLUMN

【観劇コラム】ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』▷残酷な迷宮でみる美しい悪夢

2月24日まで東京・日比谷の日生劇場で上演中のミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』。名作ミュージカル『オペラ座の怪人』の後日譚としてアンドリュー・ロイド=ウェバーが自ら手掛け、2010年にロンドンで初演された。日本では2014年に初演、2019年を経て、今回3回目の上演となる。

物語は『オペラ座の怪人』と同じく、ファントム(市村正親、石丸幹二、橋本さとし/観劇日は石丸)とクリスティーヌ(平原綾香、笹本玲奈、真彩希帆/観劇日は平原)のふたりを軸に描かれる。ファントムがクリスティーヌの前から姿を消して10年。“伝説のソプラニスト”となったクリスティーヌは幼なじみの貴族ラウル(田代万里生、加藤和樹/観劇日は加藤)と結婚し、息子グスタフとともに暮らしていた。そして、ファントムは―。

オーヴァーチュアが鳴り響くと、あの衣裳を身にまとい、仮面をつけたファントムが観客の前に現れる。

ファントム/石丸幹二
撮影/渡部孝弘

劇団四季時代に『オペラ座の怪人』のラウル役でデビューを飾った石丸にとって、思い入れのある作品だろう。背中だけで圧倒的な存在感を見せつけるのは、さすが、日本ミュージカル界に君臨する石丸といわざるを得ない。10年を経てなお一層つのる、音楽とクリスティーヌへの渇望。その暗い炎のゆらぎを、オープニングナンバー《君の歌をもう一度》で完全に表現する。カリスマ性と才能、そして、まるで子供のような残酷さをあわせ持つファントムだが、本作ではファントムの闇の部分がより一層表現されているように思う。

クリスティーヌ/平原綾香
撮影/渡部孝弘

謎の興行主からの招待を受け、パリからニューヨークへ、夫と息子とともにやってくるクリスティーヌ。ファントムは、パリを離れ、ニューヨークきっての歓楽街、コニー・アイランドでファンタズマ(見世物小屋)を立ち上げて大成功を収めていた。一度だけでいい、もう一度、自分の作った曲をクリスティーヌに歌ってほしい―。そのファントムの思いが呼び寄せた再会が、それぞれの運命を大きく動かすこととなる。

平原は2014年の日本初演から3度目のクリスティーヌ役。2010年のサウンドトラックでの歌唱を含めると、15年にわたってこの役と向き合っている。それだけに、「これぞクリスティーヌ」ともいうべき自然さ。母となったクリスティーヌのもつ柔らかさと包容力で、ふんわりと場を包み込む。息子のグスタフとのシーンは、ラファエロの母子像を彷彿(ほうふつ)とさせるような、美しく、幸福な画だった。そしてなんといってもその歌唱力!オペラ歌手であるクリスティーヌそのままに、キラキラと超絶技巧のソプラノを輝かせる。きらめく高音と、平原が唯一無二とするビロードのような中低音。葛藤を乗り越えて歌い上げる名曲《愛は死なず》では、歌い終えたプリマドンナに、劇中であることも忘れて、スタンディングオベーションを送りたくなったほどだ。

さらに、石丸ファントムとのデュエット《月のない夜》《遠いあの日に》では、石丸と平原の歌声がぶつかり、絡み合い、溶け合い、音楽に溺れる愉しみを存分に味わわせてくれた。耳に残る名曲ぞろいの本作を象徴する前半の大きな見どころだろう。

登場人物らは(そして観客も)ファントムが作り出した迷宮さながらの「ファンタズマ」を、苦しみとともにさまようわけだが、10年という時間がもたらした残酷さを最も表すキャラクターがラウルだろう。

写真右)ラウル・シャニュイ子爵/加藤和樹、グスタフ/植木壱太
撮影/渡部孝弘

青年子爵だったラウルは恋敵ファントムとの対決のすえ、クリスティーヌという最も愛する女性を手にしたはずだった。だが、音楽を理解することができない疎外感と劣等感に苦しみ、ギャンブルに手を出して莫大な借金を抱えてしまう。凡人の苦しみ、愛するものを手に入れてもなお満たされない苦しみ。今回がラウル役に初挑戦となる加藤が、これを本当に見事に演じる。この人は、どうしてこんなにも、屈折した役柄を演じるのが魅力的なのか。苦しめば苦しむほど、魂の奥底から色気が立ち上ってくるのだ。気迫ある歌唱はもちろんのこと、表情、しぐさの一つ一つに哀しい男のドラマがこもっていた。

(写真中央)メグ・ジリー/星風まどか
撮影/渡部孝弘

元オペラ座の踊り子で、今や「ファンタズマ」の看板スター、メグ・ジリー(星風まどか、小南満佑子/観劇日は星風)を演じた星風もいい。劣等感、音楽へのあこがれ、かつての友人クリスティーヌへの友情と嫉妬…様々な感情を、愛くるしい笑顔ですべてくるんで、はじけるように歌い踊る姿の切なさといったら。後半の転調は凄みあふれる圧巻の演技だ。

マダム・ジリー/春野寿美礼
撮影/渡部孝弘

メグの母で元オペラ座のバレエ教師、マダム・ジリー(香寿たつき、春野寿美礼/観劇日は春野)の春野も、細身の体の中に強靭さと人間味をにじませる。

日本ではオーストラリア版が上演されてきたが、同国版を手掛けたサイモン・フィリップスが初演から演出を担当。あの名作の後日譚というだけに、脚本にはファンそれぞれの思いもあり、難しい仕事であろうが、登場人物それぞれの心に深くもぐりこみ、ステージの上に人間ドラマを表現した。世界的に活躍するデザイナー、ガブリエラ・ティルゾーヴァの美術と衣裳は、ファントムそのものともいえる迷宮を魔法のように創り出してみせた。映像に頼ることなく、装置と衣裳、照明だけでこの世界を創り出すのは見事の一言。

芸術に、そして誰かに愛されたいと願うことのなんと残酷なことか。魔力的な音楽と最高のキャスト、そして魅惑の美術。残酷で美しい悪夢に溺れたい。

文/塩塚 夢(産経新聞社)

Stage Information

ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』

作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
歌詞:グレン・スレイター
脚本:アンドリュー・ロイド=ウェバー/ベン・エルトン/グレン・スレイター/フレデリック・フォーサイス
演出:サイモン・フィリップス

出演:
ファントム:市村正親/石丸幹二/橋本さとし
クリスティーヌ:平原綾香/笹本玲奈/真彩希帆
ラウル・シャニュイ子爵:田代万里生/加藤和樹
メグ・ジリー:星風まどか/小南満佑子
マダム・ジリー:香寿たつき/春野寿美礼
グスタフ:植木壱太/小野桜介/後藤海喜哉
フレック:知念紗耶
スケルチ:辰巳智秋
ガングル:加藤潤一
ほか

会場:日生劇場

日程:2025年1月17日(金)〜2025年2月24日(月・振休)

公演公式サイトはこちら

RECOMMEND

NEW POST

小林唯のGood Vibes
PAGE TOP
error: