2017年初演、2020年再演に続き、この4月に三度目の幕が開いたミュージカル『フランケンシュタイン』。物語の軸となるビクター・フランケンシュタイン/ジャック役とアンリ・デュプレ/怪物役にフレッシュな二人、小林亮太と島太星を迎えたことが大きな話題だが、今回は初演、再演、再々演と時をかけてタッグを熟成させて来た中川晃教&加藤和樹ペアのゲネプロ(最終リハーサル)を鑑賞、その雑感を記したい。
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筆者がこの韓国創作ミュージカルと出会ったのは2014年の韓国初演だった。俳優陣の圧巻の歌声と表現力、流麗な音楽、豪華な舞台美術などに心奪われると同時に、原作小説を大胆に脚色したストーリーには「こんな虚しい、救われない話を……」とドドーンと気落ちしたように記憶している。“生命創造”に挑むビクターと、その研究を手伝う友・アンリ。無実の罪で命を落としたアンリを蘇らせようとするビクターだが、誕生したのはアンリの記憶を失った凶暴な怪物だった。逃亡した怪物は過酷な生を味わうなか、己を生み出したビクターへの復讐を誓う。
翌年の韓国再演で脚本が改訂され、それをもとに板垣恭一が潤色し、立ち上げたのが日本版初演である。当時の取材で板垣が「ビクターとアンリの関係性をより強く打ち出すために台詞を追加した」と語っていた通り、悲哀にまみれた二人の運命が切実に胸に迫る仕上がりになっていた。プリンシパルの一人二役という斬新な面白さをまぶしながら、二人の男の“友情”という言葉だけでは表しきれない絆の深さに、人間の愚かさ、愛おしさを痛感させられる。これは一度観ただけではその深淵に気付けない、二度、三度と噛み締めるべき作品との思いを強くしたのだった。
そして、今回の再々演である(前置きが長くてスミマセン)。

ビクター&アンリの関係性の補強は抜かりなく、再演ではカットされたアンリのソロナンバーが復活しているなど充実した内容なのに、全体的に引き締まり、一段と精度が高まった印象だ。シーン展開が非常に小気味良く、とくに一幕、ビクターの姉エレンがアンリに弟の生い立ちを語るシーケンスのテンポの良さは痺れるばかり。
エレン役の朝夏まなとの安定の美声、全身から漂う豊かな包容力が、この没入感を生み出していると確信。二幕の闘技場の女主人エヴァへの変身も、華麗な残酷さにとことん魅了され、新キャストながら完全に作品の支柱になっていると感じた。

撮影/吉原朱美

中川晃教は、初演の時点で韓国オリジナルとは大きく印象の違う、傷を抱えた少年のままに成長した、繊細なる傲慢さが魅力のビクターを体現していた。三度目にしてその少年性を保ちながら、抑えた声音に思慮深さと、より内省したビクターの心情を伝えてくる。抑えているぶん、ここぞ!のシャウトに胸を突かれるのだ。

一幕、自らの身代わりとなって処刑台に上がろうとするアンリにビクターが抱きつくシーンは、中川と加藤の繋がりの深さも相俟って胸を熱くさせられた。さらに二幕、少年期の回想で姉エレンに抱きつくシーン(抱きつき演技王!?)の脆さにもホロリ。この儚い味わいを出せるビクターは、日本版の誇りである……と筆者は勝手に認定している。



そして、ご当人は眉をひそめるかもしれないが、加藤和樹はもはや“ミスター怪物”と呼ばせていただきたい。紛れもなく彼の代表作であり、当たり役だろう。韓国の舞台を何度も観劇したうえで自身のアンリ/怪物を考察し、積み上げて来た。その誠実な探究心が怪物の戸惑い、悲しみ、怒りに十分な説得力を生み、観客の同情を誘うのである。

二幕のカトリーヌに見せる無防備な笑顔や、終盤の森の中で出会う少年に対する慈悲のような振る舞い、そこに漂う哀切が、その後に起こる出来事の残忍さや衝撃を際立たせていた。どれだけ傷つけられ、唸り散らしても、端正な精神を失わない怪物だ。



韓国初演、そして日本初演を観た時も、若干の唐突感が否めなかった北極のラストシーンだが、今回は「ついにここまで互いを追い詰め、辿り着いたのか」と感慨に浸りながら、虚しくも美しい結末を見守った。一幕から二幕に渡る3年の月日、その間のビクターの拭えぬ不安と悔恨、怪物が味わった地獄、そして再会と悲しき復讐が、中川と加藤を中心としたカンパニーの丹念な表現で十二分に胸に迫り来る果ての、北極だ。


終演後に思わずため息が漏れる、“やりきれない充足感”という矛盾した余韻。絶賛上演中の今、その滋味はさらに増していることだろう。熟成タッグの進化が多くの人に目撃されることを願い、筆者はようやく小林亮太&島太星ペアの観劇へ(遅い)。中川&島、小林&加藤の組み合わせによる化学反応もすでに劇場を沸かせているはず。遅まきながら新生タッグがいかなる衝撃を生み出すか、期待を込めて見届けたい。
取材・文/上野紀子(演劇ライター)
撮影/吉原朱美
上野紀子
演劇ライター。桐朋学園芸術短大演劇科、劇団文学座附属演劇研究所卒。演劇誌、演劇ウェブサイト、公演プログラム等で執筆。平成20年度文化庁新進芸術家海外研修制度で一年間ソウルに滞在。翻訳戯曲に『狂った劇』(チェ・チオン作)、『椅子は悪くない』(ソン・ウッキョン作)。日韓演劇交流センター専門委員。趣味は大人から始めてまったく上達しないフィギュアスケート。
ミュージカル『フランケンシュタイン』
音楽:ブランドン・リー
脚本/歌詞:ワン・ヨンボム
潤色/演出:板垣恭一
訳詞:森雪之丞
音楽監督:島 健
音楽監督/歌唱指導:福井小百合
オリジナルプロダクション:ワン・ヨンボムプロダクション
製作:東宝/ホリプロ
出演:ビクター・フランケンシュタイン/ジャック:中川晃教/小林亮太(ダブルキャスト)
アンリ・デュプレ/怪物:加藤和樹/島太星(ダブルキャスト)
ジュリア/カトリーヌ:花乃まりあ
ルンゲ/イゴール:鈴木壮麻
ステファン/フェルナンド:松村雄基
エレン/エヴァ:朝夏まなと
他
【東京】2025年 4月10日(木)~4月30日(水) 東京建物 Brillia HALL
【愛知】2025年 5月5日(月)~5月6日(火) 愛知県芸術劇場 大ホール
【茨城】2025年 5月10日(土)~5月11日(日) 水戸市民会館 グロービスホール
【兵庫】2025年 5月17日(土)~5月21日(水) 神戸国際会館 こくさいホール