いわずとしれた世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズの舞台版。シリーズ8作目にして最新作、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は原作者のJ.K.ローリングと脚本家のジャック・ソーン、演出家のジョン・ティファニーが舞台のためだけに創り出した物語だ。単に続きを描くのではなく、原作がいったん終わりを迎えたところから新たなストーリーが始まる。2016年にロンドンで初演を迎え、2018年にブロードウェイに上陸。世界4大陸7都市で上演され、ローレンス・オリヴィエ賞9部門、トニー賞6部門と世界の名だたる賞を総なめにしてきた。日本では2022年初演。今年4年目を迎えるロングラン公演となっている。

最寄りの赤坂駅を降りるなり、そこはもう魔法の世界。ワクワクするBGMが流れ、壁画やオブジェがハリー・ポッターをイメージした世界へと誘う。上演前のアナウンスも凝っており、世界観の作りこみ方が徹底的だ。現実の街とファンタジーが溶け合う、ファンにはたまらない演出だろう。


物語はシリーズ第7作『ハリー・ポッターと死の秘宝』から19年後の世界。闇の魔法使いヴォルデモート卿を倒して世界を救った偉大な魔法使いハリーは、親友ロンの妹、ジニーと結婚し、父親となっていた。そしていま、かつての自分と同じように、息子アルバスがホグワーツ魔法魔術学校へと旅立つのを見送ろうと、9と4分の3番線に立っているところ。けれど、父と息子にはどこか影があって―。

アルバスがホグワーツ特急で親友スコーピウス(ハリーの宿命のライバル、ドラコ・マルフォイの息子!)と出会い、父親への反発心から起こすある行動が、魔法界の運命を変える大事件につながっていく。
「ハリー・ポッター」シリーズの舞台だけあってファンタジックでスリリングなシーン満載なのだが、よくある冒険譚ではない。

アルバスは有名人の息子だが魔法も下手で自信がなく、ホグワーツでもいじめられる。偉大な父親にコンプレックスを抱き反発する息子、という構図はある種の定石かもしれないが、この作品はその描き方が非常に丁寧。父親ハリーに対して、「魔法で僕を自分好みの息子に変えてくんない?!」とぶつけるセリフはすべてのティーンエイジャー、そしてかつてのティーンエンジャーのハートに突き刺さるだろう。
一方、大人になったハリーも、孤児として父親の記憶がないまま育ったため、父親としての自分に自信がない。アルバスへの「お前の不幸の責任を取るのはうんざりだ!」という叫びには親であれば共感することが多いし、観てのお楽しみに……にはなるが、最終盤のあるセリフには、反抗期真っただ中の子供を持つ身として、思わず涙が……。これまでのシリーズではにっくきライバルだったドラコも一人の父親として悩んでいて、「この世で最も難しい仕事は子育てだというが、それは違う。難しいのは自分が育つことだ」というセリフは胸にしみわたった。
世界中で、そして日本でこれだけのロングランとなっている理由は、誰もが抱える親と子、それぞれの立場の孤独と愛をしっかりと描いているからなのだろう。子供とどう向き合えばいいかわからない親の心も、その逆である子供もまたしかり。ぜひ親子一緒に鑑賞したい作品だと思った。親に反抗する子供も、ついつい先回りして子供を縛りつけてしまう親も、「ハリー・ポッター」という魅惑的な扉を通じて、どちらの心ものぞき込むことができるだろうから。

人間が目の前で魔法を使う……そんな奇跡を体感できるマジカルな瞬間が数えきれないくらいあるが、役者の体の動きをいかす演出も多い。舞台装置も人力で動かすことがメイン。描くのはあくまでも〝人間〟なのだ、というカンパニーのメッセージが込められているように思えた。〝魔法〟に頼りすぎず、人間を信じるその在り方が、とてもシンプルで、そして美しい。シリーズ最新作にふさわしい胸躍る作品なのだけれど、観終わった後の印象はとても端正。普遍的な愛の物語が、静かに、深く胸を打つ。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』

オリジナルストーリー:J.K.ローリング
脚本・オリジナルストーリー:ジャック・ソーン
演出・オリジナルストーリー:ジョン・ティファニー
振付・ステージング:スティーヴン・ホゲット
演出補:コナー・ウィルソン
日程:2022年7月8日(金)〜ロングラン上演中
劇場:TBS赤坂ACTシアター