オーバーチュアが鳴り響いた瞬間から、カンパニーの気迫が、音の塊となって押し寄せてくるような気持ちになった。
分厚いアンサンブル、そして、その音の波を切り裂いてくるジャン・バルジャン(吉原光夫、佐藤隆紀、飯田洋輔/観劇日は飯田)の歌声。今年2月末をもって建て替えのため休館する〝演劇の聖地〟、帝国劇場。その最後を飾るのはやはりこの作品しかない。ミュージカル『レ・ミゼラブル』-。
19世紀初頭、激動のフランスを舞台に、ジャン・バルジャンという男の苦悩を軸として過酷な社会の中の民衆の生きざまを描く本作。1985年にロンドン初演(※)、日本では1987年の帝国劇場での初演以来、各時代の才能を迎えながら、また、装置や音楽なども常にアップデートしながら、歴史を刻んできた。コロナ禍での2021年公演以来の上演となる今回は、新しいキャストを各役に迎え、帝国劇場クロージング公演として、そしてロンドンでのオリジナル版初演から40年という節目の年である2024-25年版ならではの舞台を紡ぎだす。
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写真提供/東宝演劇部
23年末に劇団四季を退団した飯田は、今回から出演。こんなにも人間らしいジャン・バルジャンがいるのかと最初から圧倒された。パンひとつを盗んだ罪から19年間囚われている男。その行き場のない怒り、苦しみ、悲しみ…獣のようなエネルギーを一音一音にぶつけてくる。何度も葛藤にさらされることになるジャン・バルジャンだが、最後まで飯田は「人間バルジャン」であることを貫いていたように思う。
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写真提供/東宝演劇部
執念深くジャン・バルジャンを追い詰めるのは警部ジャベール(伊礼彼方、小野田龍之介、石井一彰/観劇日は石井)。17年前にフイイで登場した本作に、ジャベール役として帰ってきた石井。まるで貴公子のようなすっとした美しい姿がこの人の持ち味のひとつだが、髪を乱し、目をぎらつかせて、正義に取りつかれた男のぬめるような気迫を渾身の演技でみせた。劇中での悩みや葛藤を率直に演じ、単なる敵役ではない人物像を作り上げる。飯田バルジャンと同じく、ここにもひとりの人間としての石井ジャベールがいた。
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写真提供/東宝演劇部
愛娘コゼットのため女工から娼婦にと身を落とすファンテーヌ(昆夏美、生田絵梨花、木下晴香/観劇日は木下)の木下も初挑戦。かよわいだけでなく、自分の芯を貫き倒す生命力を、澄んだ歌声の中に表現した。
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写真提供/東宝演劇部
ジャン・バルジャンとジャベールの息詰まる攻防、そしてファンテーヌの悲しい運命が絡み合いつつ、舞台はパリへ。ここからは若者たちがさらに物語を広げていく。
ファンテーヌから託されたコゼット(加藤梨里香、敷村珠夕、水江萌々子/観劇日は水江)とともにパリへ逃げ延びたジャン・バルジャン。そこでは、青年革命家のアンジョルラス(木内健人、小林唯、岩橋大/観劇日は小林)率いる学生たちが、時代を変えようと魂を燃やしていた。
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写真提供/東宝演劇部
アンジョルラス役に抜擢された小林の、なんという声の力か。一声歌いだすと場を支配する際立った声。カリスマ性に満ちたアンジョルラスを堂々と演じ上げた。《ABCの友》から《民衆の歌》のダイナミックな流れを自信に満ちて率いた。
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コゼットに一目ぼれするのは革命グループのマリウス(三浦宏規、山田健登、中桐聖弥/この日は中桐)。新キャストの中桐の人懐っこい表情が、苦悩に満ちたこの舞台に花が咲いたかのような明るさをもたらす。誰もが好きにならざるを得ない好青年、マリウスそのものだった。
コゼットの水江も新キャスト。大切に育てられたピュアで素直な性格の中にも、母であるファンテーヌゆずりの芯の強さをのぞかせる。中桐のマリウスとフレッシュな好相性をみせた。
マリウスに片思いするエポニーヌ(屋比久知奈、清水美依紗、ルミーナ/観劇日はルミーナ)を演じるルミーナも同じく今回からの出演。記者会見ではパワフルな歌唱で存在感を見せつけたが、本公演では芝居と歌唱を見事に融合させ、繊細な表現力でも観客を魅了した。
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写真提供/東宝演劇部
重々しい物語のアクセントとなるのは、やはりテナルディエ(駒田一、斎藤司、六角精児、染谷洸太/観劇日は六角)とマダム・テナルディエ(森公美子、樹里咲穂、谷口ゆうな/観劇日は森)。ある意味、ジャン・バルジャンと対をなす存在かもしれない。前回公演からの続投の六角は、軽妙でいながらにして、とことん欲望に忠実な男の暗い凄みをすら感じさせた。27年間(!)にわたってこの役を演じ続けている森は、肩の力が抜けているのに、ほんの些細な表情や動きで、自由自在に劇場の空気を操る。まさに手練れ。
奇しくも観劇日はほぼ新キャスト。新たな顔ぶれもふくめたキャスト陣は、日本ミュージカル界の層の厚さも改めて感じさせてくれた。重層的な物語と時代も国境も超えるテーマ、そして名曲ぞろいの楽曲。ミュージカルの頂点ともいうべきこの作品で、初代、二代目と紡がれてきた帝国劇場の100年余の歴史が一区切りを迎える。同時に、次の100年にむけた始まりをも告げる完璧な舞台だった。
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※前身となる公演は1980年のパリ。期間限定で上演された。
取材・文/塩塚 夢(産経新聞社)
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【製作発表会レポート】
帝劇クロージング公演、ミュージカル『レ・ミゼラブル』https://matisowa.jp/11404/
Stage Information
ミュージカル『レ・ミゼラブル』
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作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
原作:ヴィクトル・ユゴー
作詞:ハーバート・クレッツマー
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
翻訳:酒井洋子
訳詞:岩谷時子
製作:東宝
出演
ジャン・バルジャン:吉原光夫 / 佐藤隆紀 / 飯田洋輔
ジャベール:伊礼彼方 / 小野田龍之介 / 石井一彰
ファンテーヌ:昆夏美 / 生田絵梨花 / 木下晴香
エポニーヌ:屋比久知奈 / 清水美依紗 / ルミーナ
マリウス:三浦宏規 / 山田健登 / 中桐聖弥
コゼット:加藤梨里香 / 敷村珠夕 / 水江萌々子
テナルディエ:駒田一 / 斎藤司 / 六角精児 / 染谷洸太
マダム・テナルディエ:森公美子 / 樹里咲穂 / 谷口ゆうな
アンジョルラス:木内健人 / 小林唯 / 岩橋大
上演スケジュール
【東京】帝国劇場 2024年12月20日(金)初日~2025年2月7日(金)千穐楽
*プレビュー公演:2024年12月16日(月)~12月19日(木)
【大阪】梅田芸術劇場メインホール 2025年3月2日(日)~3月28日(金)
【福岡】博多座 2025年4月6日(日)~4月30日(水)
【長野】まつもと市民芸術館 5月9日(金)~5月15日(木)
【北海道】札幌文化芸術劇場hitaru 2025年5月25日(日)~6月2日(月)
【群馬】高崎芸術劇場 2025年6月12日(木)~6月16日(月)